4 『騎士の目的』
一行は街を歩き、大きな門の前までやって来た。
「ここを通らないとガンダスに来たとは言えないな」
バンジョーが得意げに言うので、サツキが聞いた。
「どういうことかね?」
「おう。ここは『ガンダス
「まあ、それだけだがな」
と、玄内が言った。
高さ三十メートル近い『ガンダス門』をくぐり、街を歩く。
「ミナト。オレの飯も食わせてやりたいが、ここはオレがガンダスカレーを教えてもらった店で食おうぜ」
「いいですね」
「ほら。あそこだ」
カレー屋に入った。
店主が出てくると、バンジョーは親しげに抱き合った。
「おお! ハッサン師匠」
「よう、バンジョーか。元気か?」
「元気っすよ。あれからもカレーはなんべんも作ってます」
「そうか。で、今日はお友だちといっしょか」
「はい。食わせてやってください」
振り返り、バンジョーは士衛組の仲間を紹介した。ハッサンは四十代半ばで口ひげの似合う人だった。
バンジョーはハッサンといっしょにカレーを作り、二人はカレーを運んで来てくれた。
「本場のカレーだよ」
「うめえからびっくりすんぞ」
ニカッとバンジョーが笑いかける。
「いただきます」
と全員が言って食べ始める。みんな口々に「うまいぜ」とか「おいしいです」とか「香辛料がいいわね」とか言っていた。
「うむ。おいしい」
サツキは最初にそれだけつぶやき、黙々と味わう。
「だろ? マジでうめえんだ」
「お口に合ってくれたみたいでよかったです。みなさん、ごゆっくりお過ごしください」
ハッサンは厨房に戻る。
会話が途切れると、ミナトが聞いてきた。
「で、サツキ。キミのこと、この旅のことを、僕に教えてくれないかい?」
「そうだったな」
「では、わたしからお話ししますね」
話の筋は基本的にクコからなされた。
当然、クコの境遇、サツキの来歴、士衛組の仲間たちが組織に加わった経緯をすべて話した。
一連の話を聞いたミナトはおどけたように言った。
「サツキが異世界人とは、驚いたなあ」
クールにそっぽを向いたまま、サツキはミナトに釘を刺す。
「あまり他人には言ってくれるなよ」
「わかってるさ。サツキの事情も大変だが、クコさんも難儀だねえ。僕も王国奪還の助けになれるといいが、僕にできるのは剣を振ることだけだ」
と、ミナトが静かにつぶやく。
「いいえ。ミナトさんの強さは、ブロッキニオ大臣たちと戦う上で心強いです。それに、サツキ様のよい修業相手にもなってくださると思ってます」
クコの考えでは、サツキが瞳の魔法の精度をあげるには、ミナトの剣筋を見るのが手っ取り早い。
――目標は、ミナトさんの剣をあの目で完璧に見切るレベルまで、精度を上げること。
おそらく、クコ自身がミナトと剣の打ち合いをし、それを観察しても瞳の魔法は鍛えられるだろう。
この思惑は、サツキも同じである。
――ミナトの剣は、目安になる。
練習相手が増えるのはのぞむところだった。
まじめな二人と反対に、バンジョーは楽しげにミナトと料理の話をしていた。
「ミナトは甘いのもいけるクチだな」
「僕は甘いのが好きなんですよ。これは特にいけます。バンジョーさんの料理は半端じゃないねえ」
「おうよ! 半端な料理はしねーからな」
「さすがはバンジョー先生です。職人だなあ」
と、ミナトが感心する。
実は、さっきからバンジョーは、厨房に行ってカレーの師匠ハッサンといっしょに他の料理も作っていたのである。ついでにデザートまで作っている。なぜか今はどら焼きを出してくれた。
バンジョーはフウサイを一瞥して不満そうに、
「それに比べてフウサイはデザート食わねえもんなー」
「拙者は甘いものを食べると、カンが鈍るのでござる。サツキ殿、拙者は見張りに」
と、フウサイは姿を消した。
バンジョーは呆れた顔をする。
「フツー逆だろ。なあ? サツキ」
「人によるんじゃないだろうか。一般的には、糖分を摂取すると脳に栄養がいって頭の回転はよくなるというが、苦手なものはしょうがないだろう」
「もったいないですね」
チナミは顔をあげた。
フウサイとは逆に、甘党なのがミナトとチナミだった。チナミは黙々と一生懸命になってほおばるし、ミナトは天国にでもいるような顔で食べる。バンジョーにはおいしそうにデザートを食べる二人が天使のように見えて、つい張り切って作ってしまう。それは船の上にいるときもそうだった。
「どうだチナミ。うまいか?」
「はい。最高です」
少しほっぺたを赤くしながら、チナミはまたデザートに向かう。
ミナトはゆっくりと味わう。
「幸せですな」
バンジョーは満足そうにミナトの顔を見た。
「なっはっは。そりゃあよかったぜ。どら焼きってのも難しかったが、作った甲斐があったってもんよ」
「俺の好物の一つなんだ」
サツキがそう言うと、クコとバンジョーは驚いていた。
「博士といっしょですね」
「じゃあ、またたくさん作ってやらないとな!」
サツキたち士衛組は、昼食をゆっくりと過ごす。
同じラナージャにて。
とある路地裏の一角。
そこに集まる者たちがいた。
昼間なのに薄暗い。
陽の光が遮られ、重たい空気が沈殿するかのようである。
行き止まりの壁を背に、十五人ほどの人数がたむろする。アルブレア王国騎士たちであった。
その中に、
ナサニエルは、このラナージャの支部を統制するゴーチェ騎士団長に次ぐ地位にあるサブリーダーともいえる。
だが、戦闘力はゴーチェ騎士団長などとは比較にならない。
ゴーチェ騎士団長が謀略と取りまとめる力で君臨しているのに対して、ナサニエルにはそうした頭脳や心情の機微はない。
単純な戦闘力こそが彼の持ち味であり、使い途であり、彼自身も自負するところであった。
己を研鑽することは、アルブレア王国騎士たちの中でもバスターク騎士団長と比べて遜色なく、実力でも拮抗していた間柄である。
いずれは騎士団長に、というのが彼の望みであり、それ以上の感情が彼の行動原理になっている。
バスタークに勝つ。
それこそが、ナサニエルをして思考と行動をさせる根底になっていた。嫉妬心の強い人間だから、任務遂行の責任や己を高めるための向上心などより、ライバルに勝つという目的がなによりナサニエルを動かすのである。
ナサニエルは長身のバスタークと比べて平均的な身長で、顔立ちも端正。長い髪を一つにまとめている。
そんなナサニエルがつぶやいた。
「ゴーチェ騎士団長が出ていった。が、あの人も、無事に帰れるかはわからない。戦闘力も大したことはないからな」
「ナサニエルさんが強いんです」
「ああ。そうだ。おれは強い。だからゴーチェ騎士団長がいなくなったら、おれが騎士団長として率いてやるのもいい」
「そうですね。ここを牛耳るのは、ナサニエルさんしかいません。あのバスターク騎士団長にも比肩しうると噂されていますし、この支部を統括するくら……い……? 力が……」
しゃべっている途中だった騎士が、急に膝をつく。
暗い瞳で、ナサニエルは砂を手からさらさらと地面にこぼし、やがて砂が手の中からなくなると、再び口を開いた。
「おい。比肩しうるってなんだ? おれはあいつにも負けねえ。バスタークとおれは同期で、たまたまあいつが先に騎士団長になっただけだろ?」
「……は、はい」
「バスターク、気に食わねえ。おれがこんな土地に派遣されてるってときに、なんであいつが騎士団長になって、クコ王女捕縛の先発部隊を率いてやがるんだよ。ほんとムカつくぜ」
「……」
「おれは別に、このラナージャの支部になんかいたくもねえんだ。だが、今回はやっと千載一遇のチャンスが巡ってきた。クコ王女たちがやってくる。つまり、バスタークの野郎がし損じた仕事をおれが果たすことで、おれの実力が証明されるってわけだ」
「……」
「おまえも、おれにちょっとばかし筋力を崩されたくらいで立ってられないくせに口を出すな」
地面の砂を蹴飛ばして言い捨てる。
「一時間もすれば筋力は戻る。これくらいでへばらねえように鍛えておけ。使えないやつだ」
仲間に介抱され、騎士は座り直した。
別の騎士がナサニエルに言った。
「さすがの魔法ですね、ナサニエルさん。それにしても……」
「なんだ? ケーザン」
ケーザンは、見た目には騎士とは思われない軽装で、口元を布で覆っている。この布に描かれたアルブレア王国騎士のマークが騎士の証だった。三十歳くらいの女騎士である。
「ゴーチェ騎士団長も戻って来られないほどに強いのでしょうか。やつら士衛組は」
「そりゃあ、バスタークばかりかオーラフ騎士団長にも勝ったんだ。弱いわけがない。が、まだ戻ってこないと決まったわけじゃない。そして、おれに勝てるかはまた別の話だ」
「それはもちろんですが」
「でもさ」
と、二人の会話に、もう一人の女騎士が入ってくる。
彼女はまるで野生児のような風貌で、ケーザンとは違った軽装であった。原始人かと思われるほどである。
「アタシはアルブレア王国には帰らなくてもいいからどうでもいいんだよね。だからアタシはアタシで自分のために探してくるよ、クコ王女を」
「ちょっと待ちなさい、リュウシー」
ケーザンに引き止められ、もう歩き出していた野生児・リュウシーは足を止めて振り返る。
「ん?」
「ゴーチェ騎士団長には、十五時になったらそれぞれが士衛組を探すよう言われたのを忘れたの? もう少しだけ待ってから動き出すのが指令よ」
「どうでもいいじゃん。アルブレア王国に帰りたくて焦ってるケーザンと違って、アタシは指令とか聞いてなかったんだよね」
リュウシーの軽率な行動をたしなめるケーザンを、ナサニエルがなだめるでもなく言った。
「こいつ一人くらい好きにさせておけ。やる気のないやつはどうせ指令通りに動いても役に立たない。好きにやらせたほうがまだ可能性がある」
「さすがにわかってますね、ナサニエルさん。じゃあ、アタシはクコ王女と戦ってきます」
獣のような身軽さで、リュウシーは消えていった。
ケーザンは苛立たしげにぼやく。
「そんなの、国に帰りたいに決まってるじゃない。お気楽でなに考えてるかわからないアンタとは違うのよ」
一方のナサニエルは地面の砂をすくい上げて、
「あいつに《
砂はさらさらとナサニエルの手の中からこぼれていった。
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