11 『ブックレット』

 九時。

 ミナトがアキとエミや子供たちと遊んでいる頃――。

 サツキとリラの二人は、大会前に約束していた美術館へと向かっていた。

 リラは手にバスケットを持っており、サツキはそれが気になって聞いた。


「それはなにが入っているんだ?」

「ふふ。ヒミツです。サツキ様のために仕込んできました。楽しみにしていてくださいね」


 そう言うリラのほうが楽しそうだった。サツキは素直にうなずく。


「うむ。そうしよう」

「はい」


 二人で歩いていると。

 リラは、そっとサツキの手を握った。やわらかいけれどハッキリとした感触に、サツキは横を歩くリラを見る。


「どうした?」


 急なことにびっくりして思わず問うたサツキだが、リラは蠱惑的に微笑してみせ、


「サツキ様は、リラと手をつなぐのはお嫌?」


 と、ほんのり握る手の力を強くした。


「嫌じゃない」


 この不器用な少年には、うまく返す言葉が見つからない。普段から《精神感応ハンド・コネクト》で会話するクコや怖がりなナズナとはよく手をつなぐのに、リラとは訳もなく手をつなぐのは嫌だということはないし、なんて言うのがいいかサツキにはわからなかった。

 くすりとリラは笑う。


「アルブレア王国騎士とはどこで出会うかもわかりません。リラはちょっぴり不安もあるんです」

「そうか」


 と、サツキはしっかりとリラの手を握る。

 リラは、こういうサツキのまじめだけれど初々しい反応を見るのが、実は好きだった。安心させるためにしっかりと手を握ってくれたサツキだが、リラにはこのお出かけが安全なこともわかっていた。忍び・フウサイが潜んで護衛はしてくれているし、『ASTRAアストラ』の仲間が町中に潜んでいる。


「美術館、楽しみですねえ」

「うむ。俺も、芸術に詳しくはないけど楽しみだ。リラの作ってくれたしおりのおかげもあって、わくわくしてる」

「うふふ。うれしいです!」


 実は、リラは昨日までにお出かけのしおりを作っていたのだ。祝勝会のあと、リラはそれをサツキに渡した。

 サツキもしおりを見てくれたようで、リラはうれしくなって、これから行く美術館がもっと楽しみになった。


「こうやってお出かけするのって、こっちの世界に来てからは初めてだ」

「おぉ、サツキ様の初めていただきました」


 ちょっとおどけた調子でそう言うリラに、サツキはにこやかに話す。


「俺の世界だと、学校で遠足や旅行があってさ。そういうとき、しおりが作られてるんだ。自分たちで作ることも、学校側が作ってくれることもあったかな。そういうのが懐かしくなった」

「へえ。いいですねえ。おもしろそうです」

「でも、リラの作ってくれたしおりは今までのどのしおりよりすごいからびっくりした。絵がたくさんあって、昨日は楽しみで寝るのが遅くなったよ」

「まあ。サツキ様ったら。ただ、リラもサツキ様とお出かけできると思って張り切っていたんです。下調べもバッチリですからね。期待していてください。大会優勝のお祝いも兼ねて、今日はリラがサツキ様を、たっぷりおもてなししちゃいますよ」

「うむ」


 しおりはリラ自身も自分用のものを持っている。そこには時間の目安もメモしていた。


 ――時間的にもぴったり。順調ですね。


 と思うが、まだ歩き始めたばかりだ。


 ――サツキ様に、リラが最高のお出かけをプロデュースして差し上げますからね!

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