96 『スナイパー』

 早業だった。

 イーザッコが懐から銃を取り出し、構えるまでは瞬き一つ。

 銃弾が撃たれたのも刹那。

 正々堂々の勝負を望むブリュノがしゃべっている途中で、イーザッコは急襲したわけである。

 チナミはつい、そちらに目を向けてしまった。


 ――大丈夫?


 気になったが、ブリュノは無事だった。

 ブリュノは走っている。

 紙一重で銃弾はよけられていたようで、美しく白い衣装の肩口に焦げ跡があるばかり。

 ようやく、ブリュノも彼のその美意識に反することなく目の前の敵と戦えるとわかり、戦闘に入ったのだった。


「すでに戦闘が始まっていたのだね。ならば、ボクはまずこの一撃をお見舞いするよ!」

「儀式が好きなバカかと思ったけど、今のをよけるなんて、意外とやるじゃん。さすがはコロッセオの魔法戦士。それも一流のタイトルホルダーだな」


 今の言葉からも、イーザッコがブリュノを知っていたらしいことがわかる。ブリュノはコロッセオの魔法戦士の中でも人気を誇る有名人だから、情報は隠しようがなく、魔法も知られていると思っていい。チナミはそう判断したし、ブリュノはコロッセオで戦うときの癖で、自らの魔法など知られている前提で挑んでいた。


「まあ、それでも。おまえじゃあ、ぼくには勝てないわけだが」


 イーザッコは意味深に不敵な笑みを浮かべた。魔法相性も考察された上での冷静な結論なのだろう。

 薄っぺらいリュックからなにかを取り出す。それが椅子になると、腰を落ち着けたのだった。


 ――座った。余裕だから……? それとも、銃の狙いをつけやすくなるから?


 座ったほうが撃ちやすい可能性もある。


 ――それを完全に可能にするほど、あの結界は強いものなの?


 魔法道具には見た目以上に収納できるものもある。

 チナミの持つ巾着も、王都では子供たちがよく持つものだが、十倍以上も容量があり重宝している。

 おそらく彼のリュックもそうした機能を持つ。

 だが解せないのは、彼がなぜ座ったのかである。座ったほうが狙撃しやすいとか結界が万全であるとかその両方からとか、理由を並べ立てることはできるが、真実がわからない。

 チラとチナミがオリエッタを見ても、そちらも仕掛けてこない。

 それもあって、チナミはブリュノの戦いにも注意していた。


 ――銃は文明の利器。魔法とも戦える飛び道具。イーザッコはそれが主戦力と思われる。ブリュノさんとの一騎打ちにこだわりがなさそうな点からも、イーザッコがいつ私に銃弾を放つかもわからないと思っておくべき。


 美学の人ブリュノとは反対に、イーザッコには美学も道徳すらもなさそうだった。

 イーザッコが銃撃すると、ブリュノはまたそれをよけてみせる。


 ――ブリュノさんはさすがにコロッセオの大会でも優勝経験を持つほどの実力者。銃をよけられるなんて。


 頼もしい。

 魔法の使用が禁じられている大会『ディセーブルコンテスト』では優勝した経験を持ち現チャンピオンでもあるブリュノ。彼はほかに、『ソードマスター決定戦』などでも好成績を出しているらしい。


 ――でも、私にもできる。よけられる。問題は、オリエッタを相手にしながらの不意打ちでも回避可能かどうか。そして、オリエッタもまた、銃を使うのか。オリエッタへの警戒は怠れない……。


 チナミは瞬発力にも自信があった。天才忍者のフウサイから身のこなしを学び、アクロバットな動きもできるし、《潜伏沈下ハイドアンドシンク》で地中に逃げることもできる。

 銃弾を単純に恐れるわけではなかった。

 しかしオリエッタも銃を使うのであれば、あっちこっちで銃弾が飛び交う中、チナミとブリュノは近接戦闘を強いられることになる。

 ブリュノは飛び道具を持たないし、チナミのクナイや手裏剣は銃よりもあまりに遅いからだ。

 チナミは右に左に視線を切っては警戒し。

 ついに、ブリュノがイーザッコとの間合いを詰め、レイピアが届く少し前まで来た。


「すああああ! 《魔封じ突きアンチ・マジック・フェンサー》」

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