89 『ノータクティクス』

 勝利者インタビューで『司会者』クロノがサツキとミナトに質問したのは、昨日までの試合は本気ではなかったのかということだ。

 だが、ミナトはかぶりを振った。

 作戦が違っただけだというのである。


「僕たちにとって、コロッセオは修業の場でもありますから、サツキはいろんな相手のいろんな魔法を見て分析して戦いたいって言うんですよ。出方を見て、戦い方を見て、魔法の使い方を見て、それで僕たちは動き出すんです。それが昨日までのダブルバトルでした。シングルバトルでも分析の時間は取ってますが、今日のダブルバトルは初見の人たちじゃありません」

「確かに。サツキ選手とミナト選手は、コロッセオ参戦初日にデメトリオ選手とマッシモ選手の試合をごらんになっていますね」

「だからサツキは、今回は分析したり相手の出方を見て魔法を引き出したりしなくていいと言ったんです。最初から全力でいい、と」

「な、なるほど! そうだったのかー!」


 わざとらしいくらいのオーバーリアクションをするクロノだが、心の中ではもっと驚いている。


 ――す、すごい! 本当にすごいぞ、この二人! 特にミナトくん。この子は普通じゃない。下手をすると、ロメオさんやレオーネさんでさえ、一瞬で斬ってしまいそうだ。明日からの『ゴールデンバディーズ杯』、彼らの本気を見られるのだろうか。楽しみで震える。できることなら、今日みたいにフルスロットルで戦えるような、魔法を知っている相手――ヒヨクくんツキヒくんあたりと当たってほしいものだ。


 会場もミナトの言葉にどよめいているのもあって、クロノが言葉を失って考えていた時間も間が持った。

 クロノが我に返ってサツキとミナトに質問した。


「つまり、この試合はすべて計算だったんですか?」

「いいえ。作戦はなく、ミナトが好き勝手に動いて」

「それにサツキが合わせてくれました」

「それだけであの阿吽の呼吸を見せてくれたわけですね!? すごい! なんというコンビだー!」


 二人の回答を聞いて、会場が盛り上がっている。

 サツキは謙遜したように頬をかいて、


「すごいのはミナトです。マッシモ選手は、空間に大きな釘を打ち込む魔法《SPLASH!スペースネイル》を開幕と同時に使います。それを狙って止めたのはミナトです。ここさえ止めれば、《SPLASH!スペースネイル》を足場にして上空から魔法の爆弾《愛ノ爆弾パーチェボンバ》を落としていくバトルスタイルのデメトリオ選手はもう自由には動けない。俺は溜めていた力を飛んで来たデメトリオ選手にぶつけただけです」

「《愛ノ爆弾パーチェボンバ》の効果は、受けると身体が重くなる、でしたっけ。僕とは相性が悪そうだし、くらわなくてよかったです」


 と、ミナトがくすりと笑った。

 クロノも笑顔で、


「お二人とも、見事な試合運びでした。ところで、ミナト選手の魔法ですが、あの距離を詰めたあれって、まさか高速で移動できるようなものですか?」

「それは、我々にとっての機密情報です。ご想像にお任せします」


 あっさりとミナトが答えてしまう前に、サツキは情報を与えないためのガードをした。

 このコロッセオで戦う以上に大事なことが、サツキたちえいぐみにはある。

 アルブレア王国で現在実権を握っているブロッキニオ大臣らから国を取り戻すことである。

 そのためにも、公の場で自分たちの情報を口にはできないのだ。

 特に、ミナトの《しゅんかんどう》は士衛組内でもサツキとフウサイ、そして玄内くらいしか知らない情報でもある。それだけ貴重な情報だから、サツキも予防線を張っておいたのだった。


「失礼しました。気になってしまって。ほかの選手に情報を与えないのも大事な作戦です。その辺もしっかりしていて頼もしい限りです」

「すみません。ほかに聞きたいことはありますか?」


 にこやかなミナトを見ると、クロノは気持ちがほぐれる。


「これ以上の質問は一度控えておきましょう。さて、改めてですが、サツキ選手、ミナト選手。『ゴールデンバディーズ杯』の出場切符を手に入れましたね! おめでとうございます!」

「ありがとうございます」


 と、サツキとミナトの声がそろう。


「これほどの快勝を見せつけられたら、会場のみなさんもサツキ選手とミナト選手に期待せずにはいれられないと思います」

「はい。楽しみにしていてください」


 ミナトはニコリと微笑む。


「それはもう! 楽しみで明日が待ちきれません! ワタシも期待していますね! 台風の目になること間違いなしだと思いますが、対戦してみたいバディーはいますか?」


 んー、とミナトはちょっとだけ考えて答える。


「まだどんな方たちが参加するのかわからないので、特には。でも、ヒヨクくんとツキヒくんにはリベンジしたいです」

「ぜひとも見たーい! サツキ選手からもなにか目標や意気込みなど、ありますか?」

「ミナトが全部言ってくれたので、皆様の期待に応えられるよう善処します」

「以上、サツキ選手とミナト選手のインタビューをお送りしました! ありがとうございました!」

「ありがとうございました!」


 と、サツキとミナトがまた声をそろえてお礼を述べて、舞台を下りてゆく。そんなサツキとミナトへは祝福の声と期待の声が飛び交った。

 クロノは会場に向けて言った。


「サツキ選手、ミナト選手! 明日もよろしくお願いします! ということで、本日のプログラムも終了しました。ご来場のみなさん、ありがとうございました! 明日はいよいよ、ダブルバトル部門の大会であります『ゴールデンバディーズ杯』が開催です! 九月九日の明日と翌十日の二日間で行われます! いっしょに盛り上がっていこうぜ! たくさんのみなさんのお越しをお待ちしております! お気をつけて退場なさってください! 司会はこのワタシ保見黒野フォーミ・クロノが務めさせていただきました! それではまた次回!」

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