88 『アンプリディクタブル』

 クロノによる試合開始の合図が出された。

 同時に、ミナトが動き出した。


 ――今回は分析はいらない。最初から全力でいい、だもんね。


 デメトリオとマッシモの試合は、すでに一度見たことがある。

 これまでの対戦相手は、初めての相手だからどんな魔法を使われるのかもわからないし、修業のためにも分析の時間を取っていた。

 しかし、このデメトリオとマッシモに関してはその時間はもはや不要。

 できるすべてで戦い、勝利を手にするのみだ。

 だからミナトは一瞬で相手との距離を詰めていた。

 マッシモは、指先を折り曲げて両腕を突き出す。


「突き出せ、空間釘! 《SPLASH!スペースネイル》!」


 言い切る直前だった。

 キラリとミナトの剣が閃いた。

 そして、会場は息を呑んだ。


「遅い」


 スパッと、マッシモの両手が切り落とされた。


「え」


 あまりの出来事に、マッシモは痛みを感じるヒマもなく、呆けた顔になる。次に悲鳴を上げた。


「うああああああああ!」


 手首から先を失ったことで、マッシモは気絶してしまう。


「マ、マッシモ!?」


 相方が開始直後に斬られたことを把握し、デメトリオは慌てて駆け寄ろうとしてしまった。

 だが、そんなことをしている余裕はないはずだった。

 ミナトはまた刹那のうちにデメトリオの後ろに回り込むと、背中を蹴り飛ばした。


「おあっ!」


 デメトリオが飛ばされた先は、サツキのいる方向である。

 サツキは拳を構えていた。

 左上段の構えで待っている。


 ――全力でいいって言ったけど、まさか本気を出すなんて思わなかった。いや、これもミナトにとっては本気でもない。《瞬間移動》を二度使っただけだ。このコロッセオは修業だとか言って、分析とかして戦ってみたけど、ミナトには不要だったのかな。


 飛んでくるデメトリオに標準を合わせて、サツキは拳を引き、手のひらを突き出した。


「はああああああ! 《おうしょう》」

「ぱ、ぱ、《愛ノ爆弾パーチェボンバ》」


 手の中にデメトリオが爆弾を作ったときには、サツキの手のひらはデメトリオを押し飛ばしていた。

 デメトリオの身体は、舞台の上を飛ばされてゆく。空中を場外の位置まで来たところで、


「おわぁッ!」


 爆弾が「スパーン!」と派手に爆破した。

 これによって、デメトリオは爆発の効果を受けたまま場外に落ちてしまった。

 会場の観客たちは呆気に取られている。

『司会者』クロノでさえ、すぐには言葉が出てこなかった。

 三秒ほどが経ち、プロ根性でだれよりも早く我に返ったクロノが試合の判定を下した。


「デメトリオ選手場外ーッ! サツキ選手の《波動》をまとった掌底、《おうしょう》が決まったー! マッシモ選手も開幕直後ミナト選手に手首を切り落とされ気絶してしまったので、戦闘はできないものと判断します。よって、勝ったのはサツキ選手&ミナト選手です!」


 クロノの声が聞こえた観客たちが、ようやく状況を理解あるいは正しく認識し、騒がしくなった。

 単純な応援や祝福も降り注ぐが、どよめきや驚きも大いに混じっている。


「みなさん、マッシモ選手の手首はこのあとしっかりと修繕しますのでご心配には及びません! 明日には戻っていることでしょう! いやあ、派手な怪我も多いコロッセオですが、久しぶりにここまで綺麗に斬られたと驚かされます!」


 コロッセオに慣れていない観客の中には本気で心配していた人もいるが、それはほんのわずかで、ほとんどの人は大怪我をした選手がすぐに完治することを知っている。

 アシュリーはその少数派で、心配していたのだが、シンジが安心させるように教えてやる。


「大丈夫だよ。コロッセオには、専門の医者がいるって言われてるんだ。あんな武器を持った選手同士が魔法も使って戦うんだ。昨日も今日も、大怪我をした選手だって何人もいただろう?」

「うん。でも、あんなに綺麗に手首が斬れてたから……」

「見事だったね、ミナトくん。返り血も浴びてないし、どう斬ったのかまるでわからない。すごすぎて鳥肌が立ったよ。ただ、逆に綺麗に斬ったことで、医者は治療しやすいとも聞いたことがある」

「そういう魔法なのかな?」

「たぶんね。魔法を使って治療するから完璧に治るって話だよ。あと、一説には、治療が難しい怪我は闇医者に頼ることもあるんだって。今回の怪我は、コロッセオ専門の医者で済むと思う」

「そ、そっか。それならいいけど」


 まだ不安げなアシュリーだが、シンジもこれ以上はなだめようがない。もっとひどい怪我をした選手だっていると言ってもあまり聞きたくない話だろうし、医者がどう治療するのかもシンジは知らないのだ。

 そのほか多くの観客たちが盛り上がっている中、クロノは解説しながらサツキとミナトの元へ歩いてゆく。


「しかしすごい試合でした。まさか、これほど早く片がつくとは、いったいだれが予想したでしょうか! 最初、マッシモ選手が空間に釘を打ち込む魔法《SPLASH!スペースネイル》を発動させようとしたとき、ミナト選手は一瞬でマッシモ選手の目の前に移動しており、手首を斬ってしまいました。そして、マッシモ選手がショックで気絶。続いて、いつもマッシモ選手の魔法のあとに行動を始めるデメトリオ選手ですが、マッシモ選手が気絶したことに呆然としてしまい、その隙をミナト選手に突かれ、後ろから蹴り飛ばされてしまい、デメトリオ選手はサツキ選手の元へと一直線! サツキ選手は《波動》の力と合わせて魔力を高め、すごい威力の掌底《おうしょう》を打ち込み、デメトリオ選手は場外! というのがこの試合の流れだったわけですが――」


 クロノが手に持っているマイク代わりの貝殻をサツキに向けた。


「サツキ選手、合っていますか?」

「はい」

「それから、つかぬ事をお聞きしますが、これまでの試合、サツキ選手とミナト選手は本気を出していなかったということですか?」


 半分は敬意を持って、半分は興味津々にクロノが聞いた。

 これにはミナトがかぶりを振る。


「いいえ。作戦が違っただけですよ」

「作戦!? その話、詳しく聞かせてください!」

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