90 『エントリー』

 サツキとミナトは一階席に戻ってきた。

 一階席は、出場選手やその関係者、VIPなどが観戦する席となっているためか、もうほとんど人はいなかった。二階席より上もどんどん人が帰っている中、広々とした静かな一階席でシンジとアシュリーは待っていた。

 シンジが感動したように言った。


「やばいって! 二人共! どんだけ強かったのさ! クロノさんも本気だったのかって聞いてたけど、力隠し過ぎだって!」

「いやあ、戦い方の違いですよ」


 ミナトがゆるく答える。

 目を輝かせるシンジとは反対に、アシュリーはなんとも言えない微笑みでサツキに言った。


「び、びっくりしちゃった」

「実は、俺もです」


 サツキが困ったような苦笑を浮かべると、アシュリーはちょっと安心した顔で笑った。


「ふふ。なんだか、サツキくんがそう言うとおかしいね」

「そうですか……? でも、なんとか勝ててよかったです」

「うん。おめでとう」

「応援ありがとうございます。アシュリーさん、シンジさん」


 ニッと笑って、シンジも「おめでとう!」と祝ってくれた。


「これで、『ゴールデンバディーズ杯』にも出られるね!」

「はい。本当に応援、ありがとう存じます」


 と、ミナトもお礼を述べる。

 シンジが期待した顔で腕を組む。


「二人なら大会でも優勝できる気がしてきたよ。強敵はいるし、どう戦うのかにもよるけどさ」

「そういえば、僕とサツキは明日も来られることになりましたけど、シンジさんとアシュリーさんはいらっしゃるんですか?」


 ミナトがシンジとアシュリーに尋ねると、シンジは笑って、


「もちろんだよ! 応援に来るに決まってるじゃん! 明日は『ゴールデンバディーズ杯』の試合しかないから、シングルバトル専門のボクは観戦だけだけどね」

「わ、わたしもっ。まだお仕事も探しているところだし、兄の心配もあるけど、やっぱり応援したいから」


 それから、サツキとミナトは明日何時にコロッセオに来るのかを話した。先程、試合後にスタッフのお姉さんが第一試合の開始時間とエントリーの受付終了の時間を教えてくれたのだ。エントリー自体は前日までにすることもできるが、当日のエントリーにも当然締め切り時間がある。サツキとミナトは参加を告げて、試合開始前の三十分前に来ることにした。


「第一試合に出場することになっても、スタンバイは十五分前に呼びに来るって話みたいです」

「じゃあボクも三十分前に到着するようにしようかな」

「それなら、わたしもそうするね」


 シンジとアシュリーとはその時間で約束して、四人でコロッセオを出る。

 コロッセオの観客の大半はもう帰ってしまっているので、周囲にいる人も多くはない。

 外に出て、アシュリーが言った。


「今日は修業とか頑張り過ぎないで、ゆっくり休むんだよ」


 急にお姉さんっぽいことを言われて、サツキは小さく笑った。


「はい」

「そうします」


 とミナトも答えて、アシュリーが「うん」とうなずく。


「それじゃあ、また明日ね。みんな」

「ばいばい」


 アシュリーとシンジが手を振って、サツキとミナトも手を振り返す。


「はい。明日」

「お疲れ様です。お気をつけて」




 夕方のマノーラの街を歩き、まっすぐロマンスジーノ城へ帰る。

 ロマンスジーノ城に到着すると、ミナトが足を止めた。

 いつもならばこのあと馬車の魔法で作られた扉を通って玄内の別荘へと行き、《無限空間》で二人で修業するのだが、ミナトはひらりと手をあげた。


「じゃあ、僕はちょっとフウサイさんと修業するよ」

「そうか」

「昼間の試合で筋力とかいろいろ操作されてから、なんか調子が出なくてさ」

「ダブルバトルではあんなに動けていたじゃないか」


 ミナトはくすりと笑う。


「あれは、相手が遅すぎた」


 確かにデメトリオとマッシモは速さで戦うタイプではない。だが、遅すぎるとも思わない。つまり、ミナトの本気というか普通の状態が速すぎるのだろう。


「わかった。なら、俺はこの中庭でちょっと修業するよ。空手の型をやって集中力を高める」

「いいんじゃないかな」


 夕飯までは一時間くらいだろうか。城館の執事グラートが呼びに来るまでは、充分集中して修業できる。


「よし。サツキは無理しないでくれよ」

「わかってる。ミナトもほどほどにな」

「うん」


 軽い足取りでミナトは歩いていく。

 立ち尽くしていたサツキも、中庭で修業を始めた。

 やるのは基本の型だ。

 相手がいることを想定しつつ、いかに集中するかが大事になる。手足の指先にまで神経を張り巡らせ、一つ一つ丁寧に。


「ふう」


 型を一つやり終えたところで、サツキは息をついた。

 そのとき、物陰でだれかがこちらを見ていたと気づく。

 しかし、本気で隠れていたわけでもない。なんというか、声をかけようか迷って、なかなか声をかけられないような感じといえばよいだろうか。

 隠れるように遠慮しがちな様子で見ていたのは、ナズナだった。


「ナズナか」

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