91 『リフレッシュメント』
ロマンスジーノ城は、城壁に囲われている。
上から見ると星形の城壁で、高さは十メートルを超える。
その城壁の中に、円筒形の城館が構え、城壁と城館の間が中庭となっているのである。
そんな中庭で空手の型をやっていたサツキは、ナズナの姿を見つけた。
名前を呼ぶと、ナズナは最初ビクッとしたが、すぐにとことこやってきた。
「す、すみま、せん……」
「どうした?」
優しく聞くと、ナズナは少し安心した顔になって、
「お、おかえりなさい」
「うむ。ただいま」
「あ」
思い出したように、ナズナがコップを差し出す。
「ど、どうぞ……」
「ありがとう」
ナズナの手からレモネードを受け取る。
「もしかして、このために来てくれたのか?」
「あ、いえ……」
恥ずかしくなってついかぶりを振ってしまったナズナに、サツキは首をかしげて、
「そうか」
「本当は、差し入れ……です」
「そうか」
と、今度は微笑む。
「わざわざありがとう」
思っていたより喉も渇いていたらしい。飲むとすっきりする。
ナズナは猫の巾着を開いて、包みに入ったクッキーを広げる。
「あの……サツキ、さん。クッキーも、どうぞ」
「クッキーまであるのか。悪いな」
「い、いえ。好きで……やってるので」
クッキーを食べようと手を伸ばして、ぴたりと止めた。サツキは自らの手をまじまじと見る。修業で汚れてしまっている。きれい好きなサツキは、食事前は手を洗わないと落ち着かない性分なのである。手に油などの汚れがつくスナック菓子なども箸を使うほどだ。
「ちょっと手を洗ってくる」
城内へ行こうとする。
が、ナズナがサツキの服の裾をつかんでいる。
「どうした?」
「……」
見れば、ナズナはもじもじとしながら頬を赤くしている。おどおどしているのはいつものことだが、なにか意を決したように、ナズナはもう一方の手でクッキーをつまんだ。それをサツキに顔へと近づける。
「あ、あーん……」
食べさせてくれるのか、とわかってサツキは口を開く。
が、遅れて気恥ずかしさが襲う。
ナズナが照れているせいかもしれないし、ふと意識してしまっただけかもしれない。
「……んん」
じぃーっと恥ずかしそうに熱っぽい視線でサツキを口元を見つめるナズナ。華奢な肩にも小さな唇にも力が入っている。
だれも見ていないだろうと観念して、サツキはクッキーにかぶりついた。
さくさく、とサツキはクッキーを食べて、飲み込む。
「うむ。おいしいな」
「ふふ」
はにかむナズナを見て、サツキは聞いた。
「これもナズナがつくったのか?」
「は、はい。わたしが……つくったんです」
「やっぱりそうだったか。ナズナは料理がうまいな」
「お菓子づくりと、簡単なものだけ、です」
しばしばナズナはバンジョーにキッチンや調理道具を借りてお菓子づくりをして、修業中のサツキに差し入れてくれる。参番隊で協力してお菓子をつくったり、クコの誕生日にも参番隊でケーキをつくったりしたが、普段からナズナは趣味としてお菓子をつくるのである。
「あ、あーん……」
また、ナズナがクッキーをサツキに食べさせようとしてくれる。二回目でも照れるものは照れる。お互い初々しいほど照れてしまっているが、サツキもわざわざここまでしてくれるナズナの厚意は無下にできない。
「はむ」
と、サツキはクッキーを食べる。
そんな調子で世話を焼かれて五枚のクッキーを平らげた。
最後の一枚を食べさせるとき、ナズナの指はサツキの唇に触れてしまった。
「ふにゃ」
ナズナはぼっと真っ赤になってうつむいて恥ずかしがった。変な声も漏れ出てしまった。
それには気づかず、サツキはクッキーを味わい、深くうなずいた。
「うむ。おいしかった。ありがとうな」
「は、はひ」
ちょっと噛んでしまったが、ナズナはサツキの言葉に満足した。
レモネードを飲むサツキの横顔に、ナズナは問いかけた。
「サツキさんは、このあと、ご休憩……ですか?」
「あともう一つだけ空手の型をやるよ。本当は剣術の修業もしたいが、握力もあまり残ってない。だからそのあとは部屋で本でも読んで勉強するかな……」
両手を握って開いて、とサツキがしてみると。
「だったら……」
ナズナはそっとやわらかな小さな手でサツキの手を包み込み、そこに、
「ふうぅ」
と、吐息を吹きかけた。
「……」
サツキは目を丸く見開く。
こうされると、なるほど握力が戻る思いがする。ナズナは歌で応援することにより、仲間の筋力を上昇させたり魔力を強めたりすることが可能であり、またさらに、以前サツキもしてもらったことだが、ケガした箇所を魔法を含めた吐息を吹きかけることで回復効果が期待できる。
「すごい、疲れが――」
と言いかけたところで、ナズナはまだレモネードが少し残ったコップを抱えて背を向け、
「おかわり、もってきます……!」
とことこと去ってしまった。
――大胆、だったかな……?
ナズナはサツキの顔を想像してますます顔が赤くなる。
――でも、いっぱい、しゃべれた……。ふふ。
こんなに赤面して口元が緩んだ顔を見られたくなくて飛び出したが、当のサツキはナズナの背中を見て苦笑してつぶやいた。
「急がなくてもいいんだけどな」
それから立ち上がり、
「よし。ナズナの回復魔法のおかげで体力も戻ったことだし、頑張るか」
再び、空手の型を始めた。
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