92 『ファイトソング』
サツキが修業するしばらくの間、ナズナはただずっと座ってその修業風景を眺めていた。
元来、ナズナは自分がアグレッシブにいろいろなことに挑戦して頑張るより、頑張っている人を見たり支えたりと応援するほうが好きなたちなのである。だからつい頑張るサツキをただ見つめてしまっている。
――サツキさんだけを見つめている、この時間、もっと長く感じられたらいいのにな……。
日も徐々に暮れてくる。
この旅の中では何度もこうしてサツキを眺めることがあったが、ナズナの目が肥えてきたのか、サツキの成長が手に取るようにわかるようになっていた。
「……」
空手の型が終わり、サツキは息をつく。
ふと、サツキと目が合う。
しかしナズナはすぐに目を伏せてしまう。恥ずかしがり屋なのもあるが、ナズナは応援してサポートしてやりたいのであって、自分のせいで気を散らせたり邪魔をしたくはない、という妙な慎み深さがある。
「ナズナ」
そんなナズナの思いと裏腹に、サツキは呼びかけた。
「またレモネードもらえるか?」
「は、はい」
レモネードはナズナが持っていた。サツキも歩み寄るが、ナズナも立ち上がって持って行った。
「ど、どうぞ」
「ありがとう」
ごくごくと飲み、サツキは「よし」とつぶやく。
「まだ時間もあるし、ナズナに握力を回復してもらったし、少し剣を振るか」
「は、はい」
ナズナがまた下がって腰を下ろす。
サツキは剣を抜き、素振りを始めた。
――サツキさん、何事も基本に忠実ですごいな。手を抜かないし、真剣で、かっこいい。
じぃっとナズナがサツキの頑張る姿を見つめていると、サツキは素振りを一度止めて、ナズナに顔を向けた。
また目が合って恥ずかしくなるが、
「ナズナ」
呼ばれて、ナズナは首をかしげた。
今度はレモネードやクッキーを食べたいという様子ではない。なんの用かと思っていると、
「思いついたんだけど、歌ってくれないか?」
「……歌、ですか?」
なにを言われるのか緊張していたナズナだが、予想外の言葉にくりっとした丸くて大きな目を、ぱちぱちさせる。
「うむ。戦闘中、ナズナが近くにいてくれたら、歌で筋力や魔法の力を引き上げてくれるだろう?」
こくっとうなずくナズナに、サツキは語を継いで、
「明日からの『ゴールデンバディーズ杯』はその限りではないが、この先の旅で、疲れたまま戦うことだってたくさんあると思う。そのとき、ナズナに強化してもらって戦う感覚を養うのも有効かと思ったんだ。頼めるか?」
ナズナは、大きくうなずく。
「はいっ」
曲は、《
一生懸命にナズナは歌った。
いつもは、ただ見ていたかった。差し入れをつくったり準備して持って行ったりできればよかった。
――でも……。いっしょに修業に参加して、すぐそばで応援できるのも、いいな。
ナズナにとっては、長かったような短かったような時間が経過した。
一度サツキが剣を収める。
そこで、ナズナは疲労回復の効果がある《
「どう……ですか?」
上目にサツキの反応をうかがうと、
「うむ。おかげでまだやれそうだ」
と真顔で言うので、ナズナは慌てた。つい手が伸びる。サツキの手を握って止めようとした。
「や、休まないと、ダメ、です」
「それくらい効いたというだけだ。少しばかり休憩しよう」
これもほんの微笑だけで平然と言うので、ナズナはふっと笑ってしまった。
「はい」
隣に座るサツキの横顔を見て、ナズナが満足感に浸っていると。
クコとリラがやってきた。
この姉妹とはいとこ同士なナズナにとって、幼馴染みのチナミと並んで士衛組ではもっとも気が置けない二人である。
「クコちゃん、リラちゃん」
「お疲れ様です、サツキ様、ナズナさん」
「ご休憩中ですか?」
明るく朗らかなクコと、楚々としたたたずまいのリラである。
「ああ。ちょうど」
「そうでしたの」
お邪魔でないならよかった、と思いリラは安堵する。
まだリラが心配するほどの機微を持たないナズナは、むしろこの好きな人たちといっしょにいられるのはうれしいので、邪魔だと思わない。もっといえば、サツキと二人だけでいるときの自分でも言い表せない気持ちをまぎらわせてくれて、ほっとしてもいる。それが面映ゆさに似たものだとは、自己分析できてないのだが。
クコが言った。
「サツキ様、修業はまだなさいますか?」
「そうだな」
まだ修業しようとするサツキに、リラが兄をいたわる妹のような調子で言う。
「サツキ様? もし剣術をなさるなら、まだしばしご休憩いただかないと。明日に響きますよ。明日は大会なのでしょう?」
ナズナもうなずいて、
「休憩したほうが、いいと思います……たくさん、がんばったから」
二人の真心に触れて、サツキは修業を終える気持ちになった。
「確かに、明日に備えないとな。ナズナの歌にばかり頼ってられない」
「で、でも、歌は……いつでも、うたいます。いつも、応援してますから」
と、ナズナはにっこり笑ったのだった。
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