65 『ディスクオリファイ』

「失踪事件?」


 聞いたのはブリュノだった。

 事情を知らないバージニーとマドレーヌも気になる様子で、


「アタシも初耳だよ。なあに? それ」

「この大会中のこと、ってだけでもないみたいだね」


 前のほうまで行ってサツキとミナトを応援しているアキとエミ以外では、失踪事件を知らないのはこの三人だけだ。

 アシュリーは自身の兄が失踪してしまったので当然知っているし、同じ日に参加していたシンジも知っている。

 三人にはクコが説明した。


「最近、コロッセオに参加している選手たちが失踪しているそうなんです。アシュリーさんのお兄さんもそうでした。昨日の大会でも、不戦勝がありましたよね。もしかしたら、その方たちも……」

「大会での不戦勝なんて、トーナメントの一回戦レベルじゃよくあることだし、気にしてなかった。でも、最近は不戦勝が多いかもしれない」


 と、マドレーヌが眉間にしわを寄せる。

 アシュリーが言った。


「サツキくんたちには、わたしの兄の行方を捜すのを手伝ってもらう約束をしています。まだわからないことばかりですが」


 ここで、『ASTRAアストラ』の『ISコンビ』ラファエルとリディオが口を開く。


「昨日は、不戦勝もたったの一件。これが失踪事件と結びつくかはわかりません。しかし、今日も不戦勝があった。可能性は高いと思われます。サツキさんとミナトさんが戦うはずだったサルマン選手とナラヤン選手は、昨日も偵察に来ていたそうですから」

「サツキ兄ちゃんとミナト兄ちゃんには勝てないから逃げたってわけじゃないと思うしな! 実力はまだ未知数、断定はできないって判断が妥当だろうし、これまでの実績があるサルマン選手とナラヤン選手が下りるのは納得できないってもんだぞ」


 だが、最初にこの異変に気づいたヒナが手を叩く。


「はい、この話は一旦終わりにしましょ! もうちょっとしたらサツキとミナトが戻ってくる。サツキは気にするでしょうけど、あたしたちがこの件で頭を悩ませても、あいつらの気を散らすだけよ」


 舞台でも、『司会者』クロノが宣告していた。


「みんなも気になっているサルマン選手とナラヤン選手だが、まだ姿が見えないぞ。しかし、いつまでも待っているわけにはいきません。規則により、あと五分以内に来なければ、サツキ選手とミナト選手の不戦勝となります。彼らの到着まで、みなさんも今しばらくお待ちください」


 だが結局、サルマンとナラヤンは来なかった。


「サルマン選手&ナラヤン選手、規定により失格です! よって、サツキ選手&ミナト選手の勝利となります!」


 クコたちも、ヒナの指摘には気持ちとしても同意していたので、ラファエルとリディオが『ASTRAアストラ』の情報網でも未だほとんどなにもわかっていないと告げると、あとは黙っていた。


「ヒナちゃん……サツキさん、気にしてるかな?」


 ナズナに聞かれて、ヒナは曖昧に答える。


「まあ、そりゃあ、気にするでしょうね。あいつ、細かいことまで気がつくやつだし、だれかのために頑張っちゃうやつだからさ。でも、今は大会に集中させてやりたい」

「そうですね。わたしも、サツキ様とミナトさんには思い切り戦ってもらいたいです」


 クコもこれに賛成して、アシュリーがうなずく。


「うん。そうだね。わたしも、同じ気持ちだよ。だから、失踪事件については言わないでおこう」


 はい、とクコが答えてこの話題は打ち切られた。

 今までも、ヒナはサツキがよく気がついてくれることでうれしい思いをしたことも何度もあったし、自分のために頑張ってくれたことに感謝したのも一度や二度じゃない。

 そんなサツキに気を遣わせないで、思い切り戦ってもらいたいのは本心だ。

 しかし、それだけでもなかった。


 ――あたし、ズルいな……。みんなにはサツキのためって言ったくせに、本当はあたしのためでもあるんだよね。サツキがあたしのためにも試合を頑張ってくれてること、知ってる。それで、勝って、士衛組の人気と知名度を上げるのが、あたしのお父さんの裁判のためにもなるってラファエルとリディオに聞いて……だから、またあたしのために試合に集中してほしいって思っちゃってたんだ。ごめんね。でも、今のサツキには、試合に集中するのが一番なのはそうだよね。


 まもなく、サツキとミナトは不戦勝で観客席に戻ってきたのだった。

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