64 『ウェイティングタイム』

 ヒナは、腕組みして足も組んで、聞き耳を立てていた。サツキとミナトがスタッフのお姉さんから聞かされたことが、ヒナには聞こえたのである。

 うさぎの耳のカチューシャは、魔法《うさぎみみ》を発動するための媒介になっており、これによってヒナは常人が聞こえない小さな音も聞こえるし、遠くの音でも拾うことができる。


 ――いったいどうなってるのよ。サツキとミナトは大丈夫なんでしょうね? 


 チナミがヒナの様子のおかしさに気づき聞いた。


「どうしました? ヒナさん」

「なんでもない。チナミちゃんは気にしなくていいわ」

「はい」


 隠していることがあるのはわかるが、チナミはこれ以上はつっこまない。理由があることなのだろうと思ったのだ。

 そして、十時半になると、再び『司会者』クロノが舞台にあがってくる。


「さあ! 時間になりましたので、クオーターファイナル第二試合の選手たちに登場していただきましょう!」


 先に舞台へと出てきたのは、サツキとミナトだった。

 二人が出ていくと、会場からは応援の声が聞こえてくる。


「出てきたぞ、ダークホースが! 頑張れよー」

「応援してるぞー!」

「きゃー! サツキくーん、ミナトくーん!」

「ここで勝てばベスト4だ、やっちまえー!」


 ミナトはにこやかに手をあげて声援に応えながら行くが、サツキはあまりこういうのが得意ではないので、ささやかに胸のあたりで手を振るのが精一杯だ。しかしそれも一部のファンには受けていた。


「あーん、サツキくん、可愛い~! 照れなくていいよ~」

「むしろ照れてるのがいいっ!」

「こっちにも手振って~」


 ヒヨクとツキヒみたいに美形ゆえに女性のファンがたくさんいるのと違って、コロッセオに不慣れなサツキにはそんなところを可愛いと感じて応援したいというファンもいるようだった。

 ルカがまたおもしろくなさそうに、


「私にも手を振ってくれてないのに、あなたたちのことまで認識して手を振ってくれるわけないわよね」

「ですね。サツキさんをこれ以上恥ずかしがらせるなんて、けしからんというものです」


 と、チナミも大いに賛同した。

 だが、こういうときいつも真っ先に悪態をつくヒナが静かにしている。それが気になって、ナズナが小声で聞いた。


「ヒナちゃん、どうしたの? むずかしい顔、してるよ?」

「え? いや、ちょっとね。相手バディー、来てないのよね」

「今から来るんじゃ……」


 しかし、姿を見せない。その間にも、クロノがサツキとミナトについてしゃべり始めていた。


「出て来て早々、期待の声が会場中から聞こえてくるぞ! 今大会のダークホース、まだその存在を知らない人もいることだろう! それもそのはず! 『波動のニュースター』しろさつき選手と『しんそくけんいざなみなと選手! なんと二人は、この円形闘技場コロッセオに、数日前初めて参戦したのだ! それがこの短期間にここまで登ってきた! 言わば、最強のルーキーコンビなのだー!」


 楽しそうに紹介しているクロノ。

 だが、クロノはサツキとミナトの反対側から相手選手たちが現れないのを冷静に見て取ると、また話を続ける。


「当然、ビギナーズラックなんかじゃないぞ! 『ゴールデンバディー』ロメオ選手とレオーネ選手とは友人関係にあり、あの二人のお墨付きでもある! また、その『ゴールデンバディー』と戦ったデメトリオ選手とマッシモ選手にも勝ったほどの実力が、その腕には確かにあるのだ! これはぜひともスコット選手とカーメロ選手を相手に大立ち回りを演じてみてほしいところです!」


 クロノの紹介にワクワクした歓声をあげる人たちもいる一方、妙なザワザワもある。

 それは、会場のだれもが気にしていることが原因だった。

 ナズナが不安そうにつぶやく。


「相手の人たち、来ないね、ヒナちゃん」

「やっぱり」


 その言葉に、チナミが質問した。


「ヒナさん、なにか知っていますか」

「知らない。でも、聞こえちゃったのよ。さっき、サツキとミナトを呼びにきたスタッフが歩きながら言ってたの。相手選手たちの姿が見えない。一応スタンバイしてもらうけど、もし現れなければ、不戦勝だって」


 それから、ヒナはチラッとラファエルを見る。


「ええ、そうかもしれませんね。例の失踪事件。これが、ベスト8の選手たちにも及んでしまった。その可能性は捨てきれない」

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