9 『トレーニングプロミス』 

 クコは朝が早い。

 いつも士衛組ではだれよりも早起きして修業をする習慣があり、前日の祝勝会のあともぐっすり眠って、今朝も早起きして外を走って、城に戻ってシャワーを浴びて着替え直した。

 サツキを起こそうと部屋をノックするが、返事がない。


「まだ眠っているんでしょうかね。サツキ様、昨日は大会があって疲労も溜まっているでしょうし」


 だが、起きるのが遅いときは起こしてほしいと普段からサツキは言っているので、クコはこの日も起こしてやることにした。

 ノックしても反応がなく眠っていることもしばしばだから、クコは「サツキ様、開けますね」と部屋に入った。


「おはようございます」


 しかしサツキは部屋にいなかった。


「サツキ様、もう起きていましたか」


 どこかで入れ違って、修業でもしているのかもしれない。


「昨日の今日なのに、がんばり屋さんですね。本当に。……あ。昨夜も遅くまで勉強してたのですね」


 部屋のデスクに置きっぱなしになった本とノートを見つける。

 枕元にも本があるが、サツキはいくつかの本を同時に何冊か読むくせがあるのをクコは知っている。ノートを取りながらの勉強用と、寝る直前まで読む用が別々にあるらしかった。

 窓の外を見ると、外でサツキが修業しているのが見えた。

 クコは外に駆けて行き、修業中のサツキに声をかける。


「サツキ様。おはようございます」

「……クコか。おはよう」

「精が出ますね。昨日も試合でしたのに。疲れは溜まっていませんか?」

「いや。左目のおかげか、疲れもないよ」

「確か、《賢者ノ石》でしたね」

「うむ。力が溢れるのはいいが、制御が難しくてな。コントロールできるよう試していたんだ」

「調子はどうです?」

「まだまだだろうな。クコの調子はどうだ?」

「はい。サツキ様といっしょに考えた《バインドグリップ》がもうすぐ使いこなせそうです」

「それはすごいな」

「相手をしてくれているルカさんのおかげです。夕食の前にでもまたいっしょに修業しませんか? 夕方にはもうちょっとコツをつかめている気がするので」

「よし、やるか」

「はい!」


 クコが元気に返事をする。

 その後方から声があった。


「あたしも混ぜてもらおうかしら。あたしとも修業しなさいよね、サツキ」


 開かれたままのドアの柱に背を預けて、ヒナが腕組みしていた。


「ヒナ。おはよう」

「お、おはよう」


 つっけんどんに見えて、ちょっと照れたように頬を染めて挨拶を返すヒナである。これにはクコも笑顔で挨拶した。


「おはようございます。ヒナさん」

「クコ、あたしはあんたにも負けないくらい成長してるんだから! サツキほど滅茶苦茶な成長速度じゃないけど、この前先生にもらった魔法もだいぶ磨きがかかってきたしさ」

「新しい魔法……《つき》ですか?」


 興味津々のクコから目をそらし、ヒナは答える。


「まあね。それを見せてあげようっていうのよ。今までは先生に稽古つけてもらってただけだったけど、チナミちゃんやみんなを相手に実戦形式で使ってみたいからね」

「楽しみです! ぜひ見せてください!」


 目を輝かせるクコを一瞥したあと、ヒナはサツキをじぃっと見る。


「で、サツキはどうなの?」


 ヒナの視線を受けて、サツキは自然と笑みを浮かべていた。


 ――自信満々だな。これは相当の魔法に仕上がってきたらしい。


 射抜くようにサツキはヒナを見つめる。ヒナは咄嗟のことに恥ずかしくなってパッと目をそらしたあと、またサツキの顔を見直す。


「ハッキリ聞かせてもらおうじゃない」

「決まってる。ヒナ、見せてくれ。気になって仕方ないんだ。このままだと、今日はずっとヒナのことを考えてることになりそうだ」


 ぼっと顔を真っ赤にして、ヒナはくるっと背を向けた。


「言い方、気をつけなさいよね! ま、まったく……わかったわよ! た、楽しみにしてなさい!」


 そそくさとヒナは去って行った。

 クコはヒナを見送り、サツキに聞いた。


「ヒナさん、どうしたのでしょう? そわそわしてました」

「うむ。最後、やや落ち着きに欠けていた。もしかしたら、期待が大きかったのかもしれない」

「なるほど。そうかもしれません。朝から冴えてますね、サツキ様」

「いや。俺はあまり朝に強くないさ。完成度は八割ほどかと思っていたが、半々くらいとみておくか」

「そうですね。期待のしすぎはよくありません。さあ、サツキ。そろそろ朝食をいただきましょう?」

「うむ」

「はい」


 にっこりとクコがうなずき、二人は大広間に向かった。

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