14 『電光の閃き』

 ミナトは、宿への帰り道を歩いていた。

 すると、サツキの言っていた騎士が目に入った。


 ――敵。


 それだけ確認して、局長命令を思い出す。


 ――交戦するな。見つかった場合のみ、戦う。だったね。


 だが、時間をずらしてから船着場を出たのに、残念ながら敵は正面から歩いてきている。

 どこを通ってきたのか、はたまたなにをしに町中を闊歩しているのか、理由でもあるのだろうか。


 ――理由は、サツキとクコさんを襲うため。しか、ないよねえ。


 正面から歩いてくる敵に、ミナトの姿は見られてしまっていることだろう。

 ただし、敵はまだミナトを知らないはず。

 ゆえに、ミナトはただ通り過ぎようと思った。

 路上に人の姿はまばらだが、少ない。人のあまりいなそうな裏道のような通りを選んだから当然であった。

 涼しい顔してミナトが歩く。

 騎士とすれ違おうというとき。

 声がかけられた。


「少年」

「僕ですか?」


 ミナトは足を止める。

 相手の顔は見ない。

 騎士は質問を繰り出した。


「晴和王国の人間ですね?」

「ええ。船でやって来た者です」

「ワタシは人を探しているのですがね。帽子をかぶった晴和王国の少年を知りませんか。白銀の髪を持つ少女といっしょにいる少年です」

「晴和王国の少年ねえ」


 つぶやき、ミナトはくすりと笑った。


 ――ありゃあ、異世界から来た少年だからなァ。


 少女のほうはともかく……と思い、


「そんな少年は知らないなあ」


 と答えた。

 エヴォルドはミナトを上から下まで見て考える。


 ――白々しいですね。その言い草、なにか知っているように聞こえるのですが……。


 そして、疑問を投げかける。


「なぜ今笑ったのです?」


 どうもそれが引っかかる。

 この少年は、ヘラヘラしているのが常なのかもしれない。今もにこにこと答える。


「いやあ、僕には友だちがいるんですけどね、なんだか説明が難しいなあって思ってたんですよ」


 要領を得ない言葉である。


「いったいなにを……」


 ため息をつきたくなって、考え直す。


 ――人間、意味もなく関係のないことを口にしない。この少年は嘘をついたようには見えない。だが、連想されるものがあったからこそ、それを口にした。すなわち、ワタシの説明から連想される人物の存在がいると言い換えられる。


 エヴォルドは聞いた。


「そのご友人について、お聞かせ願えませんか?」

「それより、あなたはだれなのです?」


 うまくエヴォルドの狙いからを避けた答えである。しかし聞かれたからには答えるのがエヴォルドの流儀。


「申し遅れました。ワタシはアルブレア王国騎士、角名枝彫度ガードナー・エヴォルドです。人呼んで『でんこうのランス』。アルブレア王国からの密命でここまで来ています。ワタシが名乗ったのです。あなたは?」

「僕はいざなみなと。旅の剣士です」

「ミナトさん。ワタシは名乗った通り、国の密命を受けた騎士。怪しいことなどなにもありません。あなたの知っていること、教えてください」

「密命かァ。関わりたくないなあ」


 のんびりとした調子で夕雲を見つめるミナトに、エヴォルドは腰の剣を抜いた。剣先をミナトに向ける。


「正直な方のようだ。浦浜でアルブレア王国騎士を襲撃し艦隊まで破壊した剣士と特徴も一致している。名前も同じ。もはや確定的。騒ぎを起こすのは避けたかったが、この広いラナージャでせっかく会えたのです。力尽くでも、聞かせてもらいましょうか」

「申し訳ないなァ」


 ミナトは視線を落とす。


「謝っても無駄ですよ。ワタシを止めたかったら、包み隠さず話すか、そちらも剣で応えるしかありません」

「いやあ、違うんです。謝ったのはね、局長にです。騒ぎは起こすなと局長命令が出ていたんですが、避けられそうもないや」


 この答えで、


 ――やはり王女たちの関係者か。


 とエヴォルドは確信した。


「では、構いませんね!」


 エヴォルドの剣が、ミナトの胸に向かって伸びた。

 急なことだった。

 両者の距離は三メートルほどしかなかったから、普通であれば胸を貫く不意打ちであった。


 ――右胸です。


 狙いは、相手にサツキとクコの居場所を吐かせること。

 だからエヴォルドは、手加減なしだが命までは取らない一撃を、先制の不意打ちで決めるつもりだった。心臓のある左胸ではなく、右胸を狙ったのはそのためである。

 しかし、エヴォルドの腕が伸びきったとき、ミナトはもうそこにはいなかった。

 グラリとエヴォルドの視界が地面に向かって下向いた。前方へと突き刺しに行く勢いを利用され、剣を避けるためにサッとしゃがんだミナトに、足をかけられていたらしい。

 踏みとどまり、エヴォルドは剣先をミナトへ向ける。

 ミナトは五メートル以上の距離を取っていた。


「小賢しい足技ですね」

「技なんて大した物じゃありません。ただ足を伸ばしただけですぜ」

「小癪な」


 剣先をミナトに向けたまま、エヴォルドは叫んだ。


「《雷道サンダーロード》!」


 まだこの少年は剣を抜いてすらいない。

 できれば町中で魔法までは使いたくないエヴォルドだったが、このすばしっこい少年を手早く痛めつけるには、スピードのある雷魔法に頼るのが一番だ。

 が。

 エヴォルドは、次の瞬間には目を大きく見開いた。


「雷を……斬ったのですか」


 光の閃きそのものな雷魔法を、少年はさらりと斬った。腰から刀を抜き、振り抜くまで――それが、エヴォルドの目には見えなかった。


「カッコイイ魔法だなァ。僕もうっかり、ぼんやりしてやられるところでした」

「あなたは何者ですか」


 どう見ても、これだけの剣を使う者は普通じゃない。

 ミナトはまるで敵意などないかのような穏やかな微笑を浮かべ、


「僕は旅の剣士ですよ」


 と、少し前に言ったのと同じ言葉を繰り返した。


「でも、僕はあなたの剣がもう一度見てみたい。お願いできますか」


 平晴眼に構える。

 隙もあるのに、エヴォルドは迂闊に踏み込めなかった。


「行きますよ!」


 自分に言い聞かせるようにエヴォルドは口にして、ミナトに斬りかかった。


「《雷道サンダーロード》!」

「《さんてんづき》」


 ミナトはそうつぶやくと、

 トン

 と地面を蹴った。

 足音が一つ鳴ったかと思うと、エヴォルドの剣が弾かれ服の袖が裂かれ、つーっと頬から血が流れた。

 カラン、とエヴォルドの剣が地面に落ちた。


 ――一度の足音で、三度の突き……! 正確無比の剣……本当に、何者なのだ!


 剣が恐ろしく速いだけでなく、極めて高い精度で狙って三点を突いたのである。エヴォルドを簡単に殺しはせず、「いつもでも殺せますよ」とでも言っているような狙いの付け方であった。

 互いに立ち位置が入れ替わって、エヴォルドは振り返ってまずミナトを見る。剣を拾うより先に、敵が次の動きをしてこないか注意を払う。剣を手から弾かれて武器もないため、動物の本能なのか中腰になっていつでも動ける体勢になっている。


 ――やつは……。


 と見れば。

 ミナトはもう刀を持つ手を下ろし、中腰のエヴォルドとは反対に膝も伸びきったように立ち、視線の位置が低いエヴォルドを見下ろすように横目にねめつけられた。

 ニヤリと、ミナトの口元がゆがんだように見えた。

 それも、もしかしたらエヴォルドの思い込みだったのかもしれない。目が笑っていない、死の淵へと吸い込まれそうな瞳孔、口元に浮かぶ余裕綽々の笑み。


 ――このままでは、殺される……。


 ぞわりと背中に恐怖が走ったとき、幌馬車が二人の間を駆け抜けて行った。

 路上での戦いで、ちょうど人の姿もなかった。

 二人の距離がまた離れたところだったから、その隙を馬車が走り抜けてもなんら不思議はない。

 馬車が通り過ぎると、もうミナトの姿はなかった。

 剣を探せば、持ち主に見捨てられたかのように転がっている。

 エヴォルドは、またミナトを探すように視線を巡らせた。


「いない……」


 そして、エヴォルドは剣を拾うことなく、一気に力も緊張も抜けたように肩を落とす。アテもなく歩き出す。


「あれを相手にする勇気など、ワタシにはない。あり得ない。元々、ワタシのしていることが正義なのか、確信が持てなかった。今日限りで、騎士はやめる」


 エヴォルドはラナージャの街に消えた。

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