13 『白の変装』
サツキとルカは、変装する。
ラナージャの町を、騎士たちに見つからずに宿まで戻るためである。
「私の《お取り寄せ》で、白い布を出したわ。これをまとうだけで、商人に扮することができると思う」
「なるほど」
二つの白い布は大きくてローブのように服の上からまとうことができた。
ムスリム商人のようなかっこうになる。
帽子ごと頭も覆って、晴和王国の人間であることもぱっと見ではわからなくなった。
――これなら溶け込める。
ルカの魔法で取り寄せられるのは、自身がその物の場所を把握していて、なおかつ自身に所有権があるもの。あるいは所有権はなくとも許可を得ているものに限る。
そのため、ルカが持っているものの範囲ではこの白い布が一番ラナージャの街になじむと思えたのである。
さっそく、サツキとルカとフウサイはカフェを出た。
フウサイはずっと《
サツキは影の中に言った。
「フウサイ」
「はっ」
呼ぶと、『無敵の忍者』は影の中から答えた。
「騎士たちはどこにいる?」
「拙者の分身たちが見たところでは、それぞれ単独で街を歩いているでござる」
「宿までの道順はどうだ?」
「大通りは避け、迂回するべきでござる」
「わかった。案内、頼めるか?」
「むろん」
答えて、フウサイは、これも影分身なのか、サツキの影から一人が出てくると、ばさりと服をはためかせて刹那のうちに着替える。この街の住人のような衣装に身をやつし、顔も老人のものに変わる。
「《
ルカも冷静な顔とは違い内心では驚いていた。
「では、いこう」
「はっ」
フウサイを先頭に、サツキとルカはラナージャを歩く。
「俺もまだ、この服装でやつらと顔を合わせたことはない。だから、帽子を目深にかぶれば簡単には見つからないだろう」
そう言いつつ、《透過フィルター》も発動させておく。帽子で視界を塞いでも、これなら見える。
「万が一、近くに敵がいた場合は?」
「平然と通り過ぎるとしよう」
「わかったわ」
「御意」
影分身によって建物の上から騎士を見下ろしているフウサイは、遠回りをしながら騎士を避けて道を選ぶ。
何体もの影分身を周囲に放ち、安全確認もしている。
しかし、騎士たちもそれぞれが自分で考えて自由に動く。当然、完全な危機回避は難しい。
影の中に潜んでいるフウサイから声がかかる。
「次の十字路、左手から騎士がくるでござる」
「了解」
平然と通り過ぎる計画に変更はない。
並んで歩くサツキとルカ。右側にサツキ、左側にルカがいて、次に左手から騎士が姿を現すことになる。まっすぐか、どちらかに曲がるか、騎士の行動は読めない。
そんな中、騎士の姿が二人の視界に飛び込んできた。
しかもこちらに曲がってくるようだった。
騎士がサツキとルカのほうに視線を向けた。
そのとき、ルカは魔法を使った。
――ただの紙を《お取り寄せ》するわ。
中空に現れた紙は風にそよぎ、騎士とサツキとルカの間を舞った。
やや風のはためきは自然さに欠ける。
だが、騎士はサツキとルカを一瞥したあと、その顔を把握するまでもなく遮られた視界に疑問も持たず、通り過ぎてゆく。
――念には念を。うまくいったわね。
サツキも一瞬、ルカの魔法であることに気づかなかったほどだった。
遅れて、サツキはそっとつぶやくように聞いた。
「今のはルカか」
「ええ」
「ありがとう。助かったよ。透過して見えたんだが、あの騎士、他の通行人は素通りしたのに、俺たちには目線をよこした。体格などからあたりをつけ、注意深く観察するタイプだったのだろう」
「そう。それならよかったわ」
ルカにとって、サツキに感謝されること以上の喜びはない。やってよかったと思った。
これ以降うまくフウサイが先導して騎士との遭遇は避けられている。
が。
五分後――。
急に、フウサイはピタリと足を止めた。
「どうした」
「敵が二組、こちらへと動き出したところでござる。うち一人はジャストンと申す騎士」
「ジャストン……」
「その者であれば、サツキ殿の変装にも気づくかもしれぬ。この先の道にゆくものと見られ、引き返す以外の道が塞がれること必至。どうするでござるか?」
予知能力者でもなければ、好き勝手に動き回る人間のゆく先などわからない。特に彼ら騎士たちは特定の目的地に向かうのではなく、闇雲に歩き回っているのだ。これはフウサイの落ち度でもなく、宿までの道が少ないのが悪い。遠くもない分、道筋が制限されるのである。
――ルカの言う通りにしておけばよかったな。
サツキはルカに謝る。
「悪い、ルカ。言うことを聞いておけば、安全だったのに」
「私は、サツキの決定には従うわ」
過ぎたことは仕方ない、とルカは思っている。それに、敵が一人ずつならばなんとでもなるだろうというのがルカの予想である。
「うむ。じゃあ、進むぞ」
「サツキ殿。正面から来るのは武器を持たぬ騎士」
「ジャストンだな」
「御意のとおり。鎖を首に巻き、筋肉質でガタイがいいのが特徴でござる。まっすぐに進めばもう一人の騎士は避けられるでござるが……拙者がジャストンなる騎士を始末したほうがよいでござるか?」
「いや。むしろ、俺がやろう。フウサイは正面以外の敵がこないか注意し、ルカは俺が危なくなってきたら援護してくれ」
「はっ」
「任せて」
ちょっとはピンチだという意識もあるが、サツキは、自分の成長を試せる機会が到来したことへのわくわくが勝っていた。
「腕試しだ。前は助けられたからな」
王都では逃げるのに精一杯で、チナミに匿われた。浦浜では『
「一応、通り過ぎようとして見つかったら交戦、相手が気づかなければそのまま通り過ぎるからな」
「はっ」
先頭を歩くのはフウサイ。サツキとルカは並んで歩いており、左にサツキ、右にルカとなっている。ルカはずっとサツキの腕に自分の腕を絡めている。そんな二人の配置を考えて、フウサイは道を左寄りに歩く。ルカが壁になってサツキの姿を見えにくくするためである。しかも、変装もしている。
見つかるかどうかは、相手の注意力とサツキへの執念次第。
サツキは、帽子の下からでも《透過フィルター》によってハッキリと相手の顔が確認できた。
フウサイの言う通り、正面から騎士が歩いてきている。
騎士は、やはりジャストンだった。
――『
今は、とにかく帽子で顔を隠してやり過ごす。リベンジはしたいが慎重に、戦闘は避けるように歩く。
最初は学ラン、二回目は袴、三回目は水兵服だったから、衣装で覚えられることはないだろう。四回目の今はムスリム商人風。これで見つけるのは、よほどの執念。
――また、ルカが《お取り寄せ》で紙を舞わせ、ブラインドをつくってくれた。これで切り抜けられるか……?
ルカの魔法で紙が宙を泳ぎ、ジャストンの視線は遮られていた。
しかし、ジャストンはしっかりとこちらを見ていた。
素通りできるかもしれないという観測は、甘かった。
ジャストンは、足を止めた。
「そこの二人。顔を見せろ」
近づいて、ジャストンとの距離が十メートルを切るや、そう言われた。
サツキは足を止め、ルカもそれに歩を合わせる。
しかし前を進んでいたフウサイは、あえてそのまま歩いて行った。サツキとルカの二人とは距離もあるから、無関係を装っている。
――これでも気づくってのは、相当俺に執着している。身長や体格だけで見極めたってことになるからだ。どうしても俺と決着をつけたいとみた。それほどの意思で俺との戦闘をしようっていうんだから、厳しい戦いになるだろうな。
思ったのはそれだけだった。
仕方なく、サツキは腕を絡めていたルカの手を取り、離して、前に躍り出る。
――三度目の戦いだ。
サツキは帽子のつばをあげた。
「三ヶ月ぶり、ですか」
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