165 『ゴーアブロード』
ヒヨクに話を聞いてほしいと言われて、ツキヒは二つ返事で承知した。
「なんでも言ってよ~。おれは、ヒヨクが話したいことならなんでも聞きたいからね~」
「ありがとう。ツキヒ」
王都の町は賑やかだ。
通りにある茶屋でお団子を食べながら、二人は話すことにした。
お茶を飲みながらお団子にかぶりつくツキヒに対して、ヒヨクは手をつけない。
「前に言ったと思うけど、ぼくは
「だね~」
王都からは北東になる。サツキの世界と照らせば、茨城県のある位置ということになるだろうか。
ヒヨクの家がある町も、それほど大きな都市ではない。
そんな町の中で、ヒヨクの家は柔道の道場をしていた。
「へえ~。柔道の道場だったんだ~。かっこいい~」
「でも、今は道場としてはなにもしてない。お父さんは整体師としても仕事をしていたから、家に来るのはそのお客さんばっかり。門下生はいなくなっちゃった」
「昔はいたの?」
「うん。昔は賑わってた。ただ、新戦国時代も煮詰まり始めてきたでしょ? そうなると、道場で心身を鍛えようって人よりも武士になって一旗揚げようとする人が増えたんだ。剣術道場であれば、学校にもなる。でも新戦国時代、戦に出るには武器を持ったほうが有利だから、剣術の道場が主流で、柔道や空手の道場には生徒が集まらないんだよ」
「なるほど~。確かに、おれも剣術を学んでた」
「新戦国時代が終わるまで、柔道の道場はきっと流行らない。なのにさ、お父さんは道場をいつも綺麗に保っているんだ。いつ門下生が集まってきてもいいように。ぼくはそれを見て、道場を復興させたいって思ったんだよ。そのために、ぼくが有名になって道場の名前が知られたらいいなってさ」
「ふむふむ。そういうことだったのか~」
「で、話はこれで全部。ぼくはそのために早く有名になりたくて、焦ってた。でも、ツキヒのおかげで気持ちが軽くなったよ。ありがとう」
「なんのなんの~。おれでよければ、またなんでも話聞くし遠慮なしだよ~」
「あはは」
ヒヨクは笑って、片目を閉じてツキヒに言った。
「それもありがとう」
「それも?」
首をかしげるツキヒに、ヒヨクはうなずく。
「ツキヒがいるだけで、ぼくは変に気張らないでいられるって気づいたってこと」
「さりげなくファインプレーをしていたとは、我ながら惚れ惚れしますな~」
「まだなんのことかわかってないでしょ?」
ふふふ、とツキヒも笑って、二人はお団子を食べた。
お茶を飲んでひと息つき、ツキヒは言った。
「ヒヨク~」
「なに? ツキヒ」
「おれは、いつも面倒見てくれるヒヨクには感謝してもしきれないんだよ。なんにもお返しできないかも~っていつも思ってる。でも、なにかあればおれが一番に力になるからさ。これからもよろしく~」
「ああ。うん、よろしく! ツキヒ」
二人がリョウメイに呼ばれ、海外へ行かないかと持ちかけられるのは、それから二年ほどあとのことになる。
リョウメイはメガネの奥で切れ長の瞳を光らせ、
「行き先はイストリア王国。『永久の都』マノーラ。そこで、至高のエンターテインメントである円形闘技場コロッセオに参加してもらいたいねん。自分らは魔法もおもろいもん持ってはるし、コロッセオで箔がつけば、コッチに戻って来たとき、大手を振って売り出せるっちゅうもんや」
と説明した。
「コロッセオ、ですか……!」
「戦うってことですね~」
ヒヨクが驚き思考を巡らせ、ツキヒはのんきに相槌を打つ。
――だから、いつからか歌劇には必要ない戦闘の修業も織り交ぜられるようになっていたのか。おかしいと思ってたんだ。でも、腑に落ちたよ。
日々の稽古の意図がわかり、ヒヨクはむしろ妙に安心した。
「どうや? やれるか?」
ツキヒとヒヨクは顔を見合わせる。そして答える。
「おれはヒヨクがいっしょなら、どこへだって行けますよ~」
「ぼくも、ツキヒといっしょにやってみたいです!」
「よう言うてくれた。ほんまおおきに」
リョウメイの微笑に見送られ、その後二人はコロッセオに旅立つのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます