164 『ソウルメイト』

 ツキヒは、歌劇団のステージを観賞することを兼ねて、劇場の控え室に連れて来られた。

 そこには、少年が一人いるだけだった。


「リョウメイさん。こんばんは」

「こんばんは」

「その子が」

「せや。この子が、ツキヒはんや」

「はじめまして。ぼくはヒヨク。ゆうよくだよ。よろしくね、ツキヒくん」


 ツキヒが王都で出会った少年は、明るく爽やかで気さくそうな子だった。

 自分と変わらないくらいの背丈であることも、同い年の友だちってこんな感じなのかと思えて、ツキヒには新鮮だった。


「うん、はじめまして~。おれはツキヒ。よろしく~」

「なんだか、ぼくたち仲良くなれそうな気がする」

「ふっふっふ、なんたって運命の友だちだからね~」

「運命の友だち?」

「性格はまるで違うけど、気は合うんだって~」

「へえ。リョウメイさんの《かい》で視えたのかな。それなら絶対最高の親友になれるよ」

「当然でしょ~」


 自信たっぷりのツキヒを見て、リョウメイはくすりと笑った。


「案外人見知りせえへんのやな。ま、安心したわ。じゃあ、観客席に行こか。もうすぐステージ開幕や」

「はい!」

「了解~」


 そのあと、歌劇団のステージを三人で見た。ツキヒはステージにも目を奪われたし楽しかったけど、ヒヨクが隣にいることがなんだかうれしくて、この日のステージは集中できなかった。

 観賞後、寮に連れて行かれて、ヒヨクとは隣同士の部屋を割り当てられた。


「リョウメイさん、帰っちゃったね~」

「いつまでもいるわけにはいかないしね。リョウメイさんが顔を出すのも毎日じゃないみたいだよ。たまになんだって」

「へえ~。さすがお偉いさんですな~」

「忙しい人だからね。それと、ぼくたちがステージに立つのはもうしばらく先なんだってさ」

「まだ歌も踊りもなんにもわからないしね~」

「それもそうなんだけど、ほかにも理由があるみたい。もしかしたら、海外に行くかもって話」

「いやはや、リョウメイさんの考えることはわからないよ~。おれはヒヨクがいればどこでもいいけど」

「あはは。ツキヒくんはすごいなあ」

「ヒヨク。おれのことはツキヒって呼び捨てでいいよ~。遠慮なしでいこう。だっておれたち、この先もずっといっしょの運命の友だちだからね」


 それを聞いて、ヒヨクはおかしそうに笑った。


「ふふ。そうだよね。じゃあ、遠慮なしでいくよ。ツキヒ」

「そうこなくちゃ~」


 このあと、ツキヒはヒヨクと遅くまで語り明かした。ただのおしゃべりがほとんどで、深い話などはなかったが。

 翌日からは、ツキヒとヒヨクはどこに行くにもいっしょで、常に共に行動するようになった。

 歌劇団のメンバーは五人と決まっているらしく、ツキヒとヒヨクはその五人になるまでしばらくレッスンの日々になるそうで、ほかの研修生のような子はいなかった。

 慣れない寮での生活を送るツキヒだが、身の回りの世話はヒヨクがよくしてくれた。ヒヨクは元来面倒見のよい性格らしい。マイペースでぼんやりしているツキヒを放っておけないようで、ツキヒもつい甘えてしまう。

 そんな日常が数ヶ月続いたある日。

 レッスンの帰り、ヒヨクがツキヒに言った。


「ぼくたちって特殊な存在だよね」

「それある~」

「メンバーじゃないのにレッスンしているのって、ぼくらだけだもん。少女歌劇団『春組』のコヤスさんなんて、ちょっとレッスンしたらすぐにステージに立ち始めたし」

「確かおれとヒヨクの四つ上だっけ~?」

「うん。まだ十歳でステージに立つ子は『東組』にも『春組』にもいないけど、リョウメイさんはだいぶ長期的な計画でぼくとツキヒを育てようとしている気がする」

「策士ですな~」

「……ツキヒは、早くステージに立ちたいとか思わないの?」


 ちょっと焦っているのだろうか。そのへんの細かな機微も、ツキヒにはなんとなく読み取れた。ただ、なにか言葉をかけてやるのが得意なツキヒではない。

 だからツキヒは思うままに答えた。


「リョウメイさんに考えがあるなら、その時を待つだけかな~。ヒヨクはどう思ってるの?」

「ぼくは早く有名になりたい」

「そっか~」

「理由、聞かないんだね。ツキヒは」


 ヒヨクが足を止めた。


「言いたかったら言えばいいことだからね~。そういうのって」


 そう言ってから、ツキヒも足を止めて雲を見つめた。


「レッスンも軽めでいいみたいだし、まだまだ時間がかかりそうだ。それなら、なんでこんなに早くリョウメイさんはぼくらをここに呼んだんだろうって思ってさ。ツキヒもそう思わない?」

「おれは、思わないよ~。おかげで、ちょっとでも早くヒヨクに会えたからね~」


 そこで初めてツキヒが振り返ると、ヒヨクは意外そうな顔をしていた。予想外の言葉だったのだろう。ヒヨクは小さく笑った。


「そっか。だから、ぼくにはツキヒが必要だったのかな」


 ツキヒには聞こえないくらいの声でつぶやき、それからヒヨクは言った。


「ねえ、ツキヒ。ぼくの話、聞いてくれる? きっと、たいしたことじゃないんだと思うけどさ」

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