幕間紀行 『ファントムケイブシティー(23)』

 ここからはもう、詰め将棋のようなものだ。

 将棋が好きなチナミは、サツキとよく指す。ちょっと将棋もわかる程度だったサツキだが、出会った頃からよく相手をしてくれた。詰め将棋は特にいっしょにやって、サツキも勉強になると言ってくれる。

 相手を詰ませる。

 戦略家なサツキだから、そうやって思考手順を考えるのは、司令官としても役立つらしい。

 そして今、きゆうこうりゅうを前に、最後の攻防を始めるところだった。

 サツキ、ルカ、九尾之坑竜、三者を見てチナミは呼吸を整える。

潜伏沈下ハイドアンドシンク》をする際、地面に潜っている間は息ができない。息継ぎができないから、空気をいっぱい取り込まないと、長時間は潜れないのだ。

 チナミが待っていると。


 ――来た。


 サツキが目を開けた。

 これを合図に、チナミは大きく息を吸って、地面に潜った。


 ――《潜伏沈下ハイドアンドシンク》。九尾之坑竜の足元まで急げ。


 拳に込められた力を確認するように、サツキは自身の拳を見た。ぎゅっと握り、サツキは刀を抜いた。


「いくぞ。抜刀ッ」


 そして刀を両手で持って下げたまま駆け出す。

 ルカも右手の中に隠し持っていた閃光弾に、左手をかけた。

 栓を抜くと、閃光弾は五秒後に爆発する仕掛けになっている。

 左手で栓を抜き、ルカは魔法を使った。

 ルカの手元に、空間をつなぐ小さな窓が現れる。

 そこへ、ルカは栓の抜かれた閃光弾をほうった。


「さあ。あとは任せたわよ、サツキ」


 さっきまでサツキの後ろにいたナズナはすぅっと上空に飛び上がっており、左手に弓を出現させた。左手の親指と人差し指でピストルのような形を作ると、そこに魔法の弓ができたのだ。


「《》。準備は、できました」


 左手にはブレスレットが装着されており、手の甲を覆うように宝石が埋め込まれたアクセサリーになっている。宝石が光ると、ブレスレットから弓状になった羽が出現し、羽が弓となる。

 背中の翼に手を伸ばし、仕込んでいた光の矢を取り構えた。そのまま、ナズナは空中に静止して、タイミングを待つ。

 四人の動きに、九尾之坑竜がどれほど気づいているのか。それはわからないが、まっすぐ向かってくるサツキには気づいている。


「ただの刀などでは太刀打ちできぬと、やつらの戦いを見てもまだわからぬのか」


 九尾之坑竜が未だミナトたちを相手にして、サツキなど歯牙にもかけないように一瞥した。

 そのとき――

 ピカァッと光った。

 光源は、九尾之坑竜の足元である。ルカの空間をつなぐ魔法で、閃光弾をこのポイントに出現させたのだ。

 洞窟内が強烈な輝きに照らされて、みんな目が眩んだ。

 玄内たちが製作したこの閃光弾は、人が十秒ほど視力を失うくらいの光が放射される。光だけで爆音は出ない。平衡感覚を失うような衝撃波も起きない。非殺傷兵器としての機能は光量だけであり、ルカのように袖で顔を覆って目を閉じるなどの対策をしていればおおよそ防げる。ただし、その光は太陽光を擬似的に再現しており、光が閃いている時間は三秒ほどとなる。

 大丈夫だったのは、顔を覆って目を閉じていたルカ、ナズナ、ジッロのほか、魔法で視野を確保していた玄内とサツキ、そして地面に潜っていたチナミと影に潜んでいるフウサイだけだ。

 サツキは《緋色ノ魔眼》ですべてが見えている。

 姿形ばかりではない。

 相手の魔力、重心、筋肉のきしみまでくっきりと見通していた。


「くああああっ! 目がっ! 目があああっ!」


 目くらましにあった九尾之坑竜だが、ただうろたえるだけじゃない。サツキが見たところ、身体を構成していた魔力のようなものが抜け出している。


 ――おそらく、妖力が抜け出しているんだ。


 水を張った風呂の栓を抜いたときに、どんどん水が溢れ出すようになってしまっている状態に近いだろうか。太陽光に身を焼かれるように、妖力が抜け出し始めていて、変身した大きな身体を構成する密度が下がってきていた。このままだと張りぼてになるかと思われたが、閃光弾の照射時間はわずか三秒、風呂の栓もじきにまた閉まるだろう。

 苦しげに、九尾之坑竜は喚いた。


「よくもやってくれたな! まさかここに太陽を呼ぶとは! だが、ワタシは九尾之坑竜。最上位の妖怪だ。人間如きの攻撃など、見えぬが払いのけてやる!」


 尻尾を振り回した。


 ――それもすべて見えている。乱雑な動きでは、俺を払うことなんてできないぞ。


 サツキがさらに加速して九尾之坑竜に近づいた。

 そこで、チナミの手が九尾之坑竜の足元に飛び出した。こっそりと下から九尾之坑竜に忍び寄り、足首をつかんだ。


「小賢しい」

「……」


 足を引いて地面に埋めて九尾之坑竜を固定する作戦だった。

 しかし、相手の力が予想以上に強く、引きずり込めない。さらに、地面に炎が降ってきた。


 ――まずい。こんなに強いなんて……。


 魔法、《潜伏沈下ハイドアンドシンク》で他者を地面に引きずり込むとき、それのしやすさの違いはある。無抵抗の相手は引きずり込みやすいが、相手が地面に踏ん張っていると、引きずり込む際に大きな力が必要になる。かかる力の向きは同じはずなのにこうなってしまうのは、一枚の壁を隔てた状態から、一定以上の力を超えないと壁を超えられないようなこの魔法独特の性質によるもので、体重の重い相手や力の強い相手は引きずり込みにくいのだった。


 ――ダメだ。引きずり込めない。撤退。


 手を離そうとして、チナミは背筋が凍る。九尾之坑竜が足を上げてチナミを地面から引きずり出し、尻尾でチナミを叩き飛ばした。

 チナミの場所もわかっていたから、ルカは走り出していた。


「チナミさん!」


 叩き飛ばされたチナミを受け止めるように、飛ばされた方向に《お取り寄せ》で大きな風呂敷を出現させた。風呂敷に包まれて勢いが殺されたチナミに追いつき、ルカが抱き止める。


「うっ! ルカさん……」

「大丈夫?」

「は、はい」


 九尾之坑竜は、目も見えていないのに、チナミのいたほうへと炎を飛ばしてきた。


「小癪な真似を!」


 それを、ルカがかばうようにして、チナミを抱きかかえる。


「あぁっ!」

「ルカさん!」


 心配するチナミに、ルカはしびれた身体の痛みに耐えて苦しげにうっすら笑った。


「だ、大丈夫よ。もう、王手はかかったから」

「……はい」


 チナミとルカがそうしている間にも、サツキは九尾之坑竜の足が固定されていないことも把握した。しかし、迷わず突っ込む。


 ――よく戦ってくれた、みんな。チナミとルカも、ここまで相手の行動を縛ってくれれば充分だよ。


 尻尾の攻撃をくぐり抜けるが、九つもある尻尾だから、それが不規則に動いて敵を近づけまいとしていて、うち二本が予測不可能な進入角度でサツキに襲いかかる。

 だが、サツキは避けない。

 仲間を信じているからである。

 手裏剣が飛んできた。


「《やみしゅけんこのずく》」


 忍者フウサイの手裏剣は音もなく素早く的確に尻尾を捉えた。尻尾に手裏剣が触れた瞬間、反射的に、手裏剣を跳ね返す動きをとった。外に払うように開いたのだ。

 そこに、サツキの進路ができる。

 サツキは尻尾に邪魔されることなく、刀を振り抜いた。


「この一刀に全力を込める! はああああああああ! 《おうれつざん》!」


 刀が風をまく。

 苦手な光に目をやられサツキを完全に見失っている九尾之坑竜に、これを避けることはできなかった。

 魔力を圧縮して《波動》の力も込めた重たい一撃は、ズバァッと九尾之坑竜を一刀両断した。爆弾が爆発するように大きな力を受け、九尾之坑竜は悲鳴を上げた。


「くおおおおおおおおおおおん!」


 これまで蓄えていた妖力が失われるように、九尾之坑竜からは白い煙が溢れて出てゆく。身体も元のサイズへと戻っていった。

 サツキはそれを見上げて、勝利を確信した。


 ――もう気絶している。魔力反応もどんどん消えてゆく。だが、とどめは刺しておかないとな。


 その場で、サツキは名前を呼んだ。


「ナズナ」

「はい。《うたた寝羽魔矢エンジェルウインク》」


 合図を受け、ナズナは目を開く。このときにはすでに閃光も消えて、目を閉じていたナズナはバッチリ九尾之坑竜の姿を捉えていた。光の矢を放つ。


「このときのために、先生が創ってくれた、特別な矢です」


 光の矢は九尾之坑竜に的中した。

 九尾之坑竜を見て、玄内はつぶやいた。


「よし。これで一時間は起きねえ。そして、やつはもう、ただのキツネでしかない」


 玄内が創った特製の矢で射抜かれた九尾之坑竜は、妖気を奪われて、ただのキツネになっていた。


「や、やったー!」


 キツネになった九尾之坑竜を見て、ジッロがうれしそうに両手をあげた。

 サツキは士衛組のみんなを振り返って微笑する。


「お疲れ様でした。これで戦闘終了です」

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