幕間紀行 『ファントムケイブシティー(エピローグ1)』

 士衛組一行は馬車に揺られリバジャーノに向かっていた。

 リバジャーノは『洞窟都市』テラータの北東にある港町である。

 そこからはほとんどまっすぐ西に進めば、次の目的地となるポパニまで列車で行くことができる。

 距離としては六十キロくらいだろう。

 バンジョーの馬車ならば半日もかからない。バンジョーの愛馬スペシャルは普通の馬よりも体格がよく足も強い。

 九月二日の午後三時を過ぎた頃、馬車は停車した。

 運転手のバンジョーが運転席から下りてくる。


「おーい! 休憩だぞー!」


 呼びかけられて、サツキたちも馬車から下りてきた。テーブルとイスを出して、バンジョーがお茶を淹れる。ナズナがクッキーをのせたお皿を持ってきてテーブルに置いた。リラもいっしょにもう一皿置く。


「さっき参番隊で作ってみました」

「練習で……」

「ナズナ」


 と、チナミが小声で注意する。ナズナが慌てて口を押さえるが、だれも気にしていなかった。みんなクッキーを見ている。


「オリーブオイルをバターの代わりに使ったクッキーです」

「おいしそうです!」


 リラの説明を聞き、クコが表情を華やがせる。


「こっちはオリーブ茶だぜ!」


 バンジョーがオリーブ茶をみんなに出して、おやつの準備ができた。

 サツキが参番隊とバンジョーに目を向け、


「参番隊もバンジョーもありがとう」

「いいえ、これは士衛組のみんなで町を救ったお礼としていただいた材料あってこそです」

「そうだぜ、サツキ! オレたち全員の活躍のおかげだ!」


 と、リラとバンジョーが答える。


「まさかオリーブもオリーブオイルも、あんなにたくさんいただけるとは思わなかったわね」


 ルカが振り返ると、ヒナが得意な顔で言った。


「むしろ、あの九尾が貯めに貯めていた金銀を断ったんだもん。これじゃあ足りないくらいよ」

「お礼の品は受け取らねえのが基本だ。気持ちとして、その土地の特産をもらうのは悪くないから今回は特別に受け取ったが」


 玄内に指摘されるが、ヒナは苦笑いで、


「わかってますよ。ソクラナでそれは学びましたから」


 ソクラナ共和国のバミアドで、盗賊たちから人助けをした際、ヒナはお礼の品の受け取りの効果について玄内に学んだのだ。しかし、今回は町の特産であるオリーブオイルとオリーブ茶を代わりにと言うので、素直に受け取ったわけである。


「町の特産品を受け取ること、それをいただいて俺たちが喜ぶことは、町の人たちにとってもうれしいことだからな」

「オレはオリーブオイルを買おうと思ってたから一石三鳥だったぜ!」


 鼻の頭をかくバンジョーにヒナがつっこむ。


「それを言うなら一石二鳥でしょ!? 三ってどこから出てきたのよっ!」

「あの町のやつらがみんな洞窟から帰ってきたんだからな。町の人が帰ってきて、オレたちはお土産もらって、オレたちが受け取って町の人がうれしい。三つじゃねえか」

「ぐぅ、確かに」


 ついヒナも納得してしまう。

 サツキはくすりと笑った。


「それを言うなら、一石四鳥だよ。人助けはきっと俺たちの宣伝にもなる。その効果が小さくとも、さ」

「ええ。こういう人助けは今まで何度もやってきたけど、今回は少し規模も大きかったし、いずれ士衛組の糧になるわ」


 ルカの言葉にうむとうなずき、サツキはみんなに言った。


「さて。せっかくバンジョーと参番隊で用意してくれたんだ、さっそく食べようか」

「はい! では、いただきます!」


 クコが声をかけ、みんなも「いただきます」と食べ始めた。

 一度、町長の家で飲んだことのあるオリーブ茶は士衛組もその味と香りを知っているから、


「良い香りです」


 とクコも言うように、喉を潤した。

 それから、参番隊が作ったクッキーはみんなにも好評だった。


「あら! おいしいです!」

「うむ。おいしい。食べやすくてたくさん食べてしまいそうだ」

「オリーブオイルの風味はほんのりで、重くなくていいわね」


 クコ、サツキ、ルカと言って、ヒナもサクッとかじって、


「なにこれ、いいじゃない!」

「本当、おいしいなあ」


 ミナトも次から次へと食べてゆく。バンジョーは「うめえ、うめえ」といつもの感想だけだが、その様子だけでおいしいのがわかる。

 玄内はじっくり味わっていた。


 ――なかなかいいな。思った以上だぜ。


 参番隊も改めて食べて、ナズナがリラとチナミに微笑みかける。


「みんな、おいしいって、言ってくれたね」

「大成功だね!」

「うん。この調子でいこう」


 と、三人がしゃべっている。

 オリーブ茶を飲み、ミナトがサツキに言った。


「それにしても、ジッロくんがお兄さんと元通りの仲良しに戻れてよかったね。サツキ」

「うむ。妖怪、きゆうこうりゅうもいなくなり町に平穏が戻った。町の人たちもうれしそうだったな」

「最初に町で僕たちに出て行ってくれればいいのにって言ってた人たちも、謝りに来てくれたしねえ。わざわざよかったのに」

「それはケジメってやつよ。あたしはそれくらいちゃんと謝ってもらわないとモヤモヤするけど」


 と、ヒナが返す。

 ヒナは魔法、《兎ノ耳》により常人の百倍もの聴力を持っている。うさぎ耳のカチューシャを媒介に、遠くの音や小さな音でも拾えるのだ。そのせいで、町の人たちがひそひそしゃべる声も聞こえていた。


「なんてことをする人たちだ」

「あんな人たちがいたら、この町はどうなるのかしらねぇ……」

「困ったことをしてくれたよ」

「早く出て行ってくれればいいのに」

「よそ者が……」


 などと言われて、ヒナが一番頭にきていたのである。

 しかし、きゆうこうりゅうを倒したあと、士衛組の戦いを見ていた人たちやジッロがほかの人たちにも教えて、催眠の解けた洞窟の人たちは士衛組を讃えた。


「ありがとう! キミたちは命の恩人だよ」

「町を救った英雄だ!」

「感謝してもしきれない! こんな見ず知らずのおれたちを妖怪から解放してくれるなんて、本当の救世主だよ」

「士衛組か! おれ、応援するよ! キミたちのこと」


 サツキたちが人々に囲まれ感謝されている間、ジッロは家族を探していたらしい。

 ジッロが兄や両親と共に戻ってきた。兄と手をつなぎ、ミナトを見上げて言った。


「ミナトお兄ちゃん、士衛組のみんな、ありがとう。みんなもどってきたよ」

「すべてジッロに聞きました。催眠が解けてから、その間の記憶も補完されて、おれ……ひどいことを町の人にも家族にもしちゃって。そんなおれたちを助けてくれて、本当に、本当にありがとうございました!」


 催眠魔法によって取り立て行為をさせられていたジッロの兄は、その間の記憶も思い出して悔いているようだ。


「しょうがないよ、お兄ちゃん。ぜんぶ、妖怪のせいだから」

「そうよ。操られていたんだもの。お母さん、気にしてないわ」

「みなさん、家族を救っていただき感謝に堪えません」


 改めてジッロの父もお礼を述べて、ミナトがジッロに「よかったね」と声をかけた。「うん」とうなずくジッロの笑顔は、ほかのだれからのお礼よりもミナトをうれしい気持ちにさせてくれた。

 このあとも、次から次へと押し寄せるように人が集まり、サツキたち士衛組が洞窟から町に戻るのも一苦労だったほどだ。

 そして、町に戻ればみんなが士衛組の活躍を言い合い、昨日の老人たちも謝りに来た。


「まさか、町を救ってくださるとは。なんとお詫びしてよいか。申し訳ありませんでした。うぅ」

「おかげで娘が帰ってきたよ。あなたたちのおかげだ。ありがとう。そしてすまなかった。許してくれ」

「わたしの家族を助けてくれて、本当に感謝してるわ。昨日はごめんなさいね」

「昨日は失礼なことを言ってしまったのう。お詫びとお礼に、これっぽっちじゃが受け取ってくれんか。わしの蓄えじゃ」

「みなさんのお気持ちは伝わりました。それだけで充分です。お金も受け取れません。士衛組は、困った人を助ける正義の味方ですから」


 最初にサツキがそう言って、サツキたちはお礼の金品は受け取れませんと断った。


「うぅ、なんて心優しい奇特な人たちだ。サツキさんの銅像でも立てないと釣り合いが取れない」

「やり過ぎよ! なんでそうなるの!」


 とヒナが老人につっこむ。


「まあ、サツキは確かに奇特だけどね。困った人を放っておけない、お人よしだもん」

「そうね」


 ミナトの言葉にはルカがうなずいた。

 それでもなにかしたいと迫る老人たちにサツキが困惑していると、そこに町長がやってきた。


「ありがとうございます。この町はあなた方士衛組のみなさんのおかげで救われました。昨日のこの者たちの非礼も許してください」

「はい。それは気にしていませんが」


 とサツキが言うと、町長がバンジョーに向き直った。


「そういえば、バンジョーさん」

「押忍! なんすか?」

「オリーブオイルを求めてこの町に訪れたとおっしゃっていましたね」

「そうだ、忘れてたぜ! そうです、オリーブオイルの売ってる店ってどうなってんだ?」


 首をひねるバンジョーに町長が言った。


「オリーブオイルはわしの家にあるものを差し上げます。あと、オリーブ茶もどうぞ」

「そういうことならわたしのうちにもあるから持っていって!」

「うちにもあります。この町のオリーブオイルも種類がありますから、ぜひ」


 サツキが受け取るか迷って玄内を見ると、


「いいんじゃねえか。自分の町の自慢のものを受け取ってもらうってのは、悪い気しねえだろ」

「はい!」


 こうして、オリーブオイルをいただくことになったのだった。

 そのあと、町長やジッロたちに見送られて盛大に町を出発した。「今夜はみなさんの活躍を讃える宴をしましょう」と申し出てくれたが、急ぐ旅ですからと断り、兄や両親と共に来てくれていたジッロが改めてサツキとミナトに言った。


「ありがとう。ぼくも強くなって、いつかミナトお兄ちゃんたちみたいになるね。それでね、お兄ちゃんもお母さんもお父さんも守れるようになるね」

「うん。頑張ってね、ジッロくん」

「応援してる」


 ミナトとサツキはエールを送った。

 そして、声援を受けながら、士衛組は『洞窟都市』テラータを旅立った。

 それが正午前のこと。

 現在、サツキは町の人に謝られるのはケジメだというヒナに言った。


「まあ、あそこまで盛大な見送りは気恥ずかしかったけどな」

「そ、そうね。あれはやり過ぎよね。サツキの銅像を作ろうと思ってるとか言ってる人もいたし……」

「次に行くのが楽しみだね」

「不安よっ! ミナトは恥ずかしくないわけ?」

「これでこそ僕らの局長だ」

「はい、サツキ様の銅像はわたしも楽しみです!」


 嬉々と言うクコに、ヒナは呆れた顔になる。


「あんたたち、サツキのことなんだと思ってるのよ」

「それはほら。お人よしな英雄だよ」


 いつもの冗談を言う顔で本心からそう言うミナトに、クコは素直な笑顔で続ける。


「サツキ様は、わたしのヒーローです!」


 サツキは苦笑した。


「クコ。俺たち士衛組がアルブレア王国を取り戻したあと、銅像を立てるとか言わないでくれよ」

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