幕間紀行 『ファントムケイブシティー(22)』

 きゆうこうりゅうは吠えた。


「くおおおおおおおおおあっ!!」


 すると、姿が変わっていった。

 洞窟内にいた人間たちも、正気に戻ってゆく。


「なんだ? おれはどうしてこんなところに……」

「いったいなにがどうして……そうか、『あのお方』に操られていたんだ」

「わたしも記憶があるわ。そうよ、ここに攫われて……」


 この戦場近くにはそうした人はいないが、各地で正気に戻った人たちが自分たちの無事と現在の状況を確かめている。

 ミナトは九尾之坑竜を見て苦笑した。


「まいったなァ。あんなに大きくなるなんて」

「大きくってか、別物だろ!」

「腕や脚も太く、筋力も増強した様子です」


 バンジョーとクコも驚く。

 洞窟内の壁を跳ね回っていたヒナも、


「なによあれ! どうかしてるわ!」

「厄介なことになりました。でも、やりましょう」


 チナミに言われ、近くに着地したヒナが「わかってるけど」と答え、またヒナは跳んだ。

 この姿を見たとき、ルカはこうつぶやいたのだ。


「これは、一体……」




 真の力。

 そう口にしたきゆうこうりゅうは、姿を変えていた。

 元々二メートルほどだった身体が大きくなり、五メートル以上の巨体になった。腕や脚も太くなり、筋骨も隆々としている。


「ワタシはここで、最上位の九尾を超えた妖怪であるワタシにふさわしい、理想の闇の国を創るのだ。『常闇ノ地下都市計画ファントムケイブシティープラン』は絶対なのだ!」


 数人、この場に駆けつけてきた人たちもいた。洞窟を掘る作業を中断して騒がしいここに来たものと思われる。


「なんだ、あれは……」

「これが、『あのお方』なのか……」

「嘘でしょ。あたしたち、どうすればいいの」


 彼らの反応を見て、ルカは理解する。目を閉じて集中しているサツキに報告した。


「サツキ。気にしなくていいわ。九尾が変身した。五メートル以上に巨体化して筋力もアップしたみたい。正気に戻った人たちがいることから、おそらく洞窟内の人たちへの催眠を解除して、すべての魔力を自分の強化に使った。そんなところよ」

「わかった」


 目を閉じたまま、サツキは静かに返事をした。


 ――俺にできることは変わらない。みんなを信じて、最後の一撃に集中するだけだ。


 サツキが信じた仲間たちは、懸命に戦っていた。

 まず、ミナトが九尾之坑竜と斬り結んだ。

 ミナトの剣はこれまで以上に鋭く閃いたが、九尾之坑竜の反射も早くなっており、クコとバンジョーはなかなか近づけない。


 ――ここはリラが頑張る!


 リラが突進してロボットの頑丈なボディでパンチを繰り出した。しかし、硬かった爪をも弾き返すボディが傷ついてしまった。爪跡が深くつく。


 ――そんなっ! これじゃあ容易に近づけないっ!


 いくら身体が傷ついても、中にいるリラは怪我をしない。《着ぐるみチャック》にはそんな安全性もあるが、あんな攻撃を何度も受けてボロボロにされたらどうなるかわからない。


「引っ込んでなさい、リラ。あたしがやる」


 ヒナはまた狙いをつけて九尾之坑竜に斬りかかった。

 クコがそれに気づき、「ヒナさん」と援護に回った。大技を放ち、炎を払う。


「《ロイヤルスマッシュ》」

「《スーパーデリシャスパンチ》!」

「《天一神なかがみ》」


 同時に、バンジョーの全力の拳とミナトの突きが繰り出される。


「くらいなさい、《まどろみ》」


 ヒナも二度目の《まどろみ》を打ち込んだ。


 ――今度は身体に当てる。そうすれば、眠らせられる可能性はある。


 チナミも手裏剣を投げて補佐した。

 炎はクコが払い、ヒナとミナトが斬り込み、バンジョーも突っ込む。そんな四人にチナミが補助攻撃を合わせたのだが、九尾之坑竜の視線を見て、


 ――でも、厳しい。読まれてる。


 と気づく。


 ――ヒナさんの急降下は直線運動……しかも、跳ね返る障害物なんか空中にない。このままだと、ヒナさんは……。


 危ぶむチナミ。

 と。

 ここに、状況を察したルカが手のひらを向けた。


「これを使いなさいっ」


 鋭く言い放ったときには、空中に、十字にクロスさせた二本の槍が数組浮かび上がっていた。ルカが《お取り寄せ》で出現させたのである。所有物であれば、どこにでも自在に出現させることができるのだ。


 ――ルカさん、うまいフォロー。こんなの思いつかなかった。……そもそも、ルカさんがヒナさんの補助をするイメージがなかったんだけど。


 ホッとしたチナミだが、それ以上にこうしたヒナの特徴を生かすルカのフォローに驚いていた。いつも口げんかして不仲な二人だから、なおさらである。


「魔法か」


 きゆうこうりゅうはルカの魔法に初めて気づいた。ルカが横穴を塞ぐ武器の網をつくっていたことも、逃げるつもりなど毛頭ないがゆえに知りもしなかったのである。


「礼を言うわ、ルカ」


 ぴょん、ぴょん、ぴょんと不規則に跳ね返り、ヒナがミナトたちの攻撃の間を縫って、斬りつけた。


「《まどろみ》」

「効かぬわッ」


 ミナト、バンジョー、チナミの攻撃を捌き、さらにヒナのまどろみは尻尾できっちり受けて、ヒナを尻尾で叩き飛ばした。


「きゃっ」

「ヒナさんっ」


 チナミがヒナを助けようとするが、吹き飛ばされたヒナは思った以上に高速で届かない。

 しかし、ヒナは壁の端まで飛ばされると、壁を両手で押して、地面にうまく転がった。「ゴホッ」と咳をするが、


「平気だよ、チナミちゃん。手足以外だと、《跳ね月》で跳ね返るのがうまくないだけ」


 と答えて、ちょっと苦しそうに笑ってみせた。


「先生に受け身を習っていてよかったですね。でもやっぱり、身体中をバネにできるとはいえ、手足以外で相手の攻撃を受けるのはやめたほうがいいです」

「だよね。まあ、今のはどっちみちギリギリ《跳ね月》を発動できたに過ぎないけど」

「ただ、ルカさんの補助があったから九尾に届きました。それは素晴らしいことです」

「それでも、この戦いでは《まどろみ》が効かないもわかっちゃった」

「あとは私とみんなのサポートです」

「うん」


 戦況を見て、チナミは考える。


 ――やっぱりミナトさんはすごい。平気で戦えてる。これなら、もう時間の問題。サツキさんの集中は深くなっているし、かなりの力を溜められているはず。私もそろそろ準備しないと。


 九尾之坑竜がチナミから完全に注意を失したタイミングで、


 ――今だ。《潜伏沈下ハイドアンドシンク》。


 地面に潜り込む。

潜伏沈下ハイドアンドシンク》は地面に潜って移動することができる。でこぼこした岩場に移動し、鼻から上だけ地上に出して様子を見る。

 チナミは注意を払っていた。九尾之坑竜の動きにも気をつけながら、ルカの様子もチェックする。

 ルカがチラッとチナミに目で合図をした。

 こくりとチナミがうなずく。


 ――来る。サツキさんの準備もできたみたい。

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