68 『トランスミッション』

 リディオはサツキとの通信を終えてラファエルに向き直った。


「サツキ兄ちゃんは、クコ姉ちゃんを探すらしい」

「そうか」

「クコ姉ちゃんがヨセファってサヴェッリ・ファミリーのシスターに魔法で幼児化されて、それを解除するんだってさ」

「ヨセファってあの人か」


 と、ラファエルは少し驚いた。

 普段から他人を信用しないラファエルだから、リディオみたいな驚きはなかったが、自分たちでも調べられないそんな情報が身近にあることが悔しくもある。


 ――ヨセファ。あの人、いつもニコニコと笑顔を絶やさず子供たち相手にもよく話を聞いていて、なんか気に入らなかったんだよね。でも腑に落ちたよ。


 ラファエルにはヨセファのやり方が手に取るようにわかってしまったのだ。


 ――大人相手には懺悔を聞いて情報収集、子供相手には噂話や家庭の話から情報を引き出していたんだ。ボクやリディオがやってるのと同じだったじゃないか。子供からしか得られないような情報を得られて不思議じゃない隠れ蓑。なぜ気づかなかったんだ、ボクは。


 思い返せば、よく話を聞いていたばかりじゃなく、聞き上手で子供相手にも妙に長話をしていた。


 ――立場を利用し、立場を隠し、立場を使い分け、商売敵をやりたい放題で野放しにしていたなんて、笑っちゃう。


 しかし、ラファエルは自嘲の笑みさえ浮かべない。どこまでも端然と取り澄ましていた。


 ――ただ、ボクの落ち度とはいえ、ここまで計画を完全な水面下に置いて、この速やかな実行をしてみせた手腕はさすがだね。サヴェッリ・ファミリー。かなりの強敵だと認めるよ。でも、これで情報が漏れるようじゃマフィアとも呼べない。ボクたち『ASTRAアストラ』が倒すのに不足はないかな。


 それから、リディオはラファエルにサツキとの通信の内容を話した。


「てことで、とりあえずまたなにかあればサツキ兄ちゃんに連絡だ」

「了解」


 ラファエルはサツキがリディオに言っていたことの言葉尻をとらえる。それを吟味して、


「『リディオは魔法の使用による疲労を考えながら、可能な範囲で情報の集積を』。そして、『リディオも敵を見つけ次第戦闘と情報収集を頼む。リディオの通信は替えがきかないし、戦闘は無理なくだぞ』か。あえて戦闘もするよう言ったのは、戦闘は無理なくするように念押しするためだろう」

「ん? サツキ兄ちゃんが言ってた話か?」

「ああ。リディオの《電送作戦トランスミッション》は確かに替えが効かない」

「おう! 《電送作戦トランスミッション》は『ASTRAアストラ』だとおれだけしか使えないぞ!」

「当たり前だよ。じゃないと、ボクたちが『ASTRAアストラ情報局』など名乗れない」


 リディオの魔法は、その名前を《電送作戦トランスミッション》という。

電送作戦トランスミッション》は電気信号を利用する。

 サツキ曰く、《電送作戦トランスミッション》はサツキの世界にある電話という道具に似た科学構造で通信が行われるらしい。

 特にリディオの場合、電気信号を受け取る振動板の役割を相手の骨とし、骨伝導の仕組みまで使って再現しているのだ。


「それで、ラファエルはサツキ兄ちゃんがなにを言いたいと思ったんだ?」

「敵を見つけ次第戦闘、なんて言葉は戦えって意味でしかない。ブレーキにはならない。となると、戦闘は無理なくってのが味噌だ」

「うん」

「つまり、《電送作戦トランスミッション》の応用技。あれを試せって言ってるんだ」

「そうか! なんかもっともーっとやる気が出てきたぞ!」

「ただし」

「ただし?」

「無理なく。軽く試す程度にってことが大事だと思う」

「なるほどな! じゃあ、わかったぞ!」


 楽しげなリディオを見て、ラファエルは苦笑する。頼もしいやら危なっかしいやらで、目が離せない。

 だが、ラファエルは視線を切った。

 無論、理由がある。

 今ここで、リディオ以上に危ないことがあるかもしれないからだ。

 この瞬間、危険とは背中合わせになる。

 二人の目の前の景色がガラッと変わったのである。

 警戒レベルを引き上げた状態で、ラファエルは言った。


「で、敵を見つけ次第戦闘するって話だけど……」

「おう!」

「さっそく、あいつらと戦うってことで。準備はいい? リディオ」


 ラファエルがにらむ先には、三人の人間がいた。

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