50 『プレスティージ』

 翌朝。

 九月十日。

 円形闘技場コロッセオで、『ゴールデンバディーズ杯』の二日目が行われるこの日。

 サツキとミナトは馬車の中にある部屋から、玄内の別荘へとつながる魔法の扉を伝い、《げんくうかん》へと行き修業していた。

 以前は玄内が持っていた魔法で、今はルカに譲渡された《拡張扉サイドルーム》。

 これによってドアノブが取りつけられると、ドアができる。ドアノブの色に合わせて効果が異なり、金色や銀色のノブの先には魔法空間の部屋ができるのだが、黒いドアノブは別の場所とつなぐ簡易的なワープ装置となる。ワープ先は屋内しか設定できず、屋外へは出られない条件付きだ。

 そして、馬車の中にあるそのワープ装置は、せいおうこくにある玄内の別荘とつながっていた。

 別荘にはいつでも行けるから、風呂やトイレにも困らず旅ができたし、別荘の地下には玄内が創造した修業用のスペース《無限空間》もある。

《無限空間》は、どこまでも果てしなく広い真っ白な空間で、和風の小さなお城がぽつんとひとつあるだけだ。このお城の中に出入り口となる扉が備わっている。

 玄内が魔法で創り出した空間だから、玄内だけはこの空間内においては一瞬でどこへでも行けるし、今は魔法の呪いで亀の姿になってしまっている玄内も人間の姿に戻ることができる。ダンディーで豪傑なおじさんの風貌を見られる唯一の場所だ。

ふううんげんないじょう』と書かれたのぼりが掲げられたお城の二階でサツキとミナトの修業を見下ろしていた玄内が、パチンと指を鳴らしてサツキとミナトの目の前に現れる。


「サツキ。今の掌底、もう少しだけ腰を下げろ。突きをするときと同じ高さだ」

「はい」


 指導された通り、正拳突きをするように腰を下げて、手だけ掌底の形にする。それでもう一度やってみると、玄内はうなずいた。


「よし。今日はこのくらいでいいだろう。試合もあるしな」


「ありがとうございました」と二人が頭を下げる。

 そこで、玄内はミナトに顔を向けた。


「ミナト。今回の大会について、サツキからは聞いていないことかもしれない。だが、あえて言うぜ」

「なんでしょう」

「ミナト、おまえは今日の試合、勝たなければならない」


 ビシッと告げられて、ミナトは笑顔で応じる。


「ええ。そのつもりです。しかし、なにか特別な理由があるんですかい? 先生」

「ある。それは、箔をつけることだ」

「箔って言えば、飾りみたいなもんに聞こえますが」

「間違っちゃあいねえな。だが、箔がつかないとおまえは名もない少年剣士でしかない。『神速』って噂が広まる最大の場所で成果を出し切れなかったってことになるんだからな」


 そして、玄内はすっとミナトを指差した。


「……そんなやつを、グランフォード総騎士団長は相手にしちゃあくれねえぞ」

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