16 『ボッカデラディアボロ』
観光客が集まっている。
あるものを見るために並んでおり、数人ほどが順番を待っていた。
「サツキ様。次の目的地が見えてきました」
「彫刻作品なんだよな」
「はい。悪魔ノ口は、彫刻です。でも、ただ鑑賞するだけではないんですよ。サツキ様、リラたちも並びましょう」
「ああ」
列の後ろに並び、サツキはその彫刻を見た。
「なんだか、真実の口みたいだな」
「それはなんですか?」
「俺のいた世界で、このマノーラにあたるローマという都市に存在する石の彫刻だ。どうやら彫刻の具合は違うようだけど、手を入れる口があるのはいっしょだな」
「へえ。おもしろい。サツキ様とお話していると、リラは楽しいです」
「作者は有名な人だろうか」
「それがわかっていないんです。もしかしたら、これもカルミネッロの作品かもしれませんよ」
並んだのもほんの数分、サツキとリラの番になった。
この石の彫刻を、訪れた人に説明する係員のような壮年の男性がおり、彼はこの石の彫刻について説明した。
「こちらは、悪魔ノ口。悪しき心を持つ人間がこの口に手を入れると、悪魔に手を食われてしまいます」
それも、サツキの知っている真実の口と似ている。
ちなみに、石の彫刻は悪魔の顔になっているらしい。
サツキは説明を聞いて、
「なるほど」
と短くつぶやくのみで、それを見た係員の男性は説明を継ぎ足した。
「これまでに手を食われてしまった人もいますので、手を入れる場合は自己責任でお願いします。今も魔力をたくわえ続けているこの口をごまかすことはできません」
魔力だの魔法と言われると、サツキも迂闊にこんなの迷信だと言えなくなる。
「作者が魔法を込めていたら、本当に手を食べられてしまうかもしれませんね」
リラがこそっとささやき、確かにそうだとサツキも思った。
すると、リラは思い切って、
「では、リラが手を入れてみますね」
と、あっさり手を入れてしまった。
クールそうに見えるサツキだがやや心配しているのがわかり、リラは笑顔を咲かせてみせ、
「大丈夫ですよ、サツキ様。リラに悪しき心は――きゃっ!」
前のめりになる。
サツキは慌ててリラの腕を引っ張る。
「リラっ!」
「……あぁっ!」
引っ張られたおかげで、リラの腕が悪魔ノ口から抜ける。
が。
リラの服の袖からは、手首がなくなっていた。
「手、手が……!」
驚くサツキの顔をじぃっと見て、
「ばあ」
と、リラは可愛い声でおどけたようにすぽっと袖から手を出した。
「……」
「うふ」
にっこりといたずらっ子みたいに微笑むリラの顔を見て、サツキは安心したように肩を下ろして、ふっと苦笑を漏らした。
「やられたな」
サツキとしては、完全に予想外だった。
「ごめんなさい。驚きましたか?」
「ああ。びっくりした」
「リラばかり楽しんでしまっていたので、サツキ様のことも楽しませたくて」
「心配しなくても、俺も楽しんでたよ」
「そうでしたか」
「もちろんだ。でも、楽しませようとしてくれてありがとう」
少し新鮮な気分のサツキである。リラの茶目っ気に一杯食わされてしまった。しかしそれも含めて、リラとこうして芸術鑑賞したりするのは楽しかった。
「リルラリラ~」
この日、リラはずっと楽しそうで、おそらく自分でも気づいていないだろうが何度もお得意のこの歌を口にしている。
一度、小さな広場のベンチに腰掛けて、
「サツキ様、しおりをよろしいですか?」
「これか?」
と、サツキはしおりを渡す。
リラはしおりを受け取ると、悪魔ノ口に関する説明の部分にあった余白に、絵を描いていった。
さっきの、リラが悪魔ノ口に手を食べられてサツキが驚いている、という絵だ。
また、カルミネッロ広場の《ムービングウォーク
「マンガ風だな」
「はいっ。思い出の絵が入っていると、また見返したくなるでしょう?」
「うむ。大事にしないとな」
「ふふ。まだお出かけは終わっていませんし、最後にはしおりの裏面にも絵を描きますね!」
「よろしく頼むよ。楽しみにしてる」
休憩がてらのリラのお絵かきが終わり、二人は次の目的地に向かって歩き出す。
だが、歩き始めてすぐに、サツキは足を止める。
「あれは……」
見知った顔を見つけたのである。
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