17 『カームガーデン』

 サツキはリラを見る。


「?」


 リラは小首をかしげた。


「……リラ。俺、ちょっと用事ができた。行ってくる。今日は楽しかった。感謝してる。気をつけて帰るんだぞ」


 身をひるがえらせて、


「フウサイ、頼む」


 とどこにともなく告げる。

「御意」と返事があり、サツキは走り出していた。


 ――リラを連れて行くか迷ったが、あまり関わりを深めていいか、わからないからな。えいぐみの中では先生以外だとリラが唯一の知り合い……とはいえ、だ。


 サツキはマノーラの街を駆ける。


  ――俺がリラといっしょにいる時にあの人を見かけたことにも意味があるかもしれない。しかし、こんなところであの人と出会うのは、このマノーラでなにかが起こるから。そんな気がしてならない。リラといることに意味があるとしても、危険なことには巻き込みたくない。だから、ここは俺が一人で行くべきだ。


 あの人、というのはせいじんだ。

 以前、サツキが王都で出会った人物である。

 この街に晴和人は多くない。

 角を曲がるごとに見える着物の影を追い、サツキは迷路に入り込んだように知らない場所から知らない場所へと曲がってゆく。


「あの人は……」


 ぐるっと三方向を見回し、


「あっちか」


 着物の影が見える右の通りを進んだ。

 そのあとは一本道である。

 周囲が随分と静かになっていたことに気づき、歩を緩めて、探し人がいるほうへと歩いてゆく。

 門があり、庭園があった。

 サツキはそこに足を踏み入れる。




 置いていかれたリラは、ほっぺたを膨らませていた。


「サツキ様っ! どうしたっていうんです?」


 その声が届かず、「もうっ」と口に出す。

 しかし、なぜか笑いが漏れていた。


「仕方ない人ですね」


 リラはサツキに遅れること数秒、走り出していた。


「どうせ、なにか見つけて、リラを巻き込まないようにしようとしたんですよね。あのお人好しさんを放っておくとどうなるか……リラがついていてあげないと! フウサイさん、案内をお願いします」

「御意」




 庭園をそろそろと歩いてゆくサツキに、声がかかった。


「久しぶりやなあ」


 それは、やはり聞いたことのある声だった。

 今度は後ろからも声がかかる。


「サツキ様っ」

「リラ、来たのか」


 サツキは驚くが、リラが呼吸を整え、置いて行かれたことに抗議する前に、前方からこう言われる。


「リラはんも、いつぶりやろか。元気そうやな」


 その声に、リラはハッとして顔を上げる。


「リョウメイさん!?」


 サツキとリラの前方に立っていたのは、『だいおんみょうやすかどりようめいであった。たけくにの軍監であり、その役割は外交官から参謀など多岐に渡り、別の顔として陰陽師でもある。

 王都でサツキやリラが出会ったときは、建海ノ国の経済政策の一環である歌劇団の運営役としての顔だった。

 歌劇団に関して言うなら、昨日『ゴールデンバディーズ杯』で戦ったヒヨクとツキヒもリョウメイにスカウトされ、王都少年歌劇団『東組』としてデビューする前に箔をつけるためにコロッセオで人気を高めているらしい。

 また、三種類の魔法を使う特殊な能力者でもある。


「何度かもらった手紙、楽しく読ませてもらったわ。おおきに。けど、ここでデートの邪魔する気はなかってん。堪忍な」


 リラは顔を赤らめて手を振り、


「い、いいえ。わたくしたちは……」


 と言い淀む。


「そんなのじゃありません」


 冷静にサツキが言うのを聞き、リラはかくっと肩を落とす。リラはむぅとほっぺたを膨らませて、


「ひどいですよ、いろいろと。置いて行ったりとかいろいろと」


 そんな抗議をしたあと、


 ――本当に鈍感さんなんですから。


 と思う。


「それはそうと、リラのこと、もっと頼ってくれていいんですよ?」

「うむ。そうさせてもらうよ」


 サツキはリョウメイに向き直る。


「それで、リョウメイさんはどうしてこちらに?」

「うちはちょっと遊びに来た感じやろか。ああ、それから。サツキはん、優勝おめでとうさん。ヒヨクはんとツキヒはんに勝つなんて、よっぽどやで」


 そのとき、また別の声が聞こえてきた。


「新たな息吹を呼ぶ風の歌が響いてきたが? リョウメイよ」

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