85 『マリグナンシー』

 幸か不幸か、ヒナはアキとエミとはぐれてしまった。

 この日は元々いっしょにいたわけじゃないが、同じロマンスジーノ城に宿泊しているばかりか、せいおうこくからイストリア王国までの旅で何度も何度も出会っては別れて、半分道連れに旅をしてきたような仲であった。

 あの二人と別れるのは慣れている。

 すぐまた会うだろうとも思う。

 しかし、今別れるのは不運だったのだろうか。


「あいつらと、はぐれちゃった。あのラッキーコンビがいたから、運良くあたし、ここまでマフィアともアルブレア王国騎士とも出会わずに済んだけど……」

「ここからはそうもいかないみたいだよねえ。だってほら、ボクたちの視界にはサヴェッリ・ファミリーがいるんだからさ」


 そんなことをぺらぺらしゃべる相手に、ヒナは見覚えがあった。


 ――この人がここにいて。あの二人が教えてくれた。ジェラート屋が『ASTRAアストラ』だって。つまり、この人たちに情報は渡ってない。あいつが情報を売ったのは、『ASTRAアストラ』。それさえわかれば充分だわ。


 ヒナはそれだけ確認して肩の力を抜くと、悪態をつく。


「むしろ、あいつらが魔除けだったんじゃなくて、あんたが疫病神なわけ?」

「失礼だねえ、キミ。せっかくの再会じゃない。楽しくいこうよ」


 ヒナは冷笑した。


「鷹不二氏って、なんなのよ」

「ボクたち鷹不二氏は、キミたち士衛組の頼れる友だちさ」


 なんの因果か。

 ラッキーコンビの代わりに現れたのは、鷹不二氏の人間だった。

 ふん、とヒナは鼻を鳴らした。

 以前初めて会ったとき、ヒナは意味深なことを言われ、それ以来、また会ったら言ってやりたいことがあったのだ。

 小さな口をとがらせ、


「この前は、エールをありがとう」


 と、にらむ。

 海上で出会った際には、「うさぎのヒナくんだっけ? 頑張ってよね。もうそろそろだもんねえ」と言われた。

 その意味を、その時は解し得なかった。

 しかし彼らが去ったあとになって気づき、ヒナはちょっとおもしろくなかったのである。

 心からの応援だったかもしれない。

 それでも、あまりに飄々としたこの人の態度がおもしろくなかった。

 鷹不二氏の相談役、鷹不二氏五奉行兼黒袖大人衆の一人にして鷹不二水軍総長、『鷹不二の御意見番』やら『便利屋』やら、様々な肩書きを持つ『茶聖』つじもとひさし

 爽やかでなめらかな弁舌。

 茶人らしい和装に反してスタイリッシュという言葉が似合う四十がらみの男性で、手には杖を持っている。


「いやいや。ボクのエールが励みになったのならこんなにうれしいことはないよ。恩返しもいらないけど、そうだなあ、これからもっと鷹不二と仲良くしてくれたらいいなあ。そのほうがいいよね、お互いにとっても」

「は、励みって、あたしは別に……」


 変なところで礼儀正しいヒナだから、お礼だけは言わなければ気が済まなかっただけだ。


「照れなくていいのに」

「照れてないわよ! それより敵が近くにいるってのに、こんなしゃべっていていいわけ?」

「大丈夫。きっと強くなんてないよ、あの人たち。どうせ下っ端かなんかでしょ。ねえ?」


 ヒサシが軽口を叩くと。

 シスターの格好をしたマフィアが苛立った声で、鋭く言った。


「アタクシは『洗礼者』。減遂荷寄端ペラッツィーニ・ヨセファと申しますヨ。この街では慈悲深いシスターで通っていますが、サヴェッリ・ファミリーでは幹部を務めますヨ。あなたがだれかは存じ上げませんが、うきはし……あなたのことはよーく知っていますヨ。士衛組の癌。今や、あなたを士衛組から切り離せば済むようなものではなくなった。いわば、悪性腫瘍。あなたの悪性は転移して士衛組や『ASTRAアストラ』に広がってしまいましたが、これ以上世界中に散りばめないために、アタクシがここであなたを始末しますヨ。サヴェッリ・ファミリーとしても見逃せませんが、アタクシは人道的に正しい行いを果たしたいのですヨ。神の前では、常に清らかでありたいのですヨ」


 そう言って、ヨセファは胸の前で十字を切った。

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