84 『ヒエラルキー』

 まず、あの男性がサヴェッリ・ファミリーの裏切り者だとわかった。

 どこかに情報を密告したらしい。

 それがどこかはまだわからない。

 売った情報は、サヴェッリ・ファミリーの情報すべてだと言った。

 また、マノーラにかけられた魔法の正体と、その魔法をだれが使ったのか。

 今ヒナたち士衛組と『ASTRAアストラ』が知りたいことも、密告してくれたようなのだ。


 ――マノーラにかけられた魔法の正体、それはサツキが知るべき情報だわ。そしてなにより、あいつはミナトを知っている。むしろ、ミナトがあいつを裏切らせたっぽい。


 なぜか、ミナトが彼を組織の裏切り者にした。

 一体ミナトがなにをしたのだろうか。

 しかしそれは考える必要もないことなのかもしれない。

 ヒナが知る限り、ミナトは刀で語る。

 その『神速の剣』を振るったに過ぎないのであろう。

 だから、ヒナは不要な情報は切り捨て、次になにをすべきかを考える。


 ――一応、サヴェッリ・ファミリーの情報を売った相手は『ASTRAアストラ』か士衛組かマノーラ騎士団。そのどれか。


 三択だ。


 ――じゃないと、情報の有用性が低くなって、あいつが得るべき利益が小さくなり過ぎる。


 この三択以外の窓口が、情報を高く価値を見積もることはないのだから。


 ――そういえば、ミナトの手柄だってあいつは言った。これは、ミナトが所属する士衛組外での手柄を意味する言葉。ミナトを評価するのは、士衛組以外だから。したがって、情報を売った相手は『ASTRAアストラ』かマノーラ騎士団。


 わかることがもう一つある。


 ――で。情報を受け付けた人物のクラスだけど……。


 男性の「彼の手柄ということになるのかもしれないね」との言葉から、密告相手の組織内におけるクラスがわかる。


 ――手柄の価値を、その場で評価してもらえるほどの階層にいる相手……に、密告したわけじゃない。その逆。もしかすると、情報の価値も判別できない可能性もあるのよね。


 マノーラ騎士団で言えば小隊長やもちろん騎士団長クラスではなく、『ASTRAアストラ』ならば幹部や情報官クラスではない。

 ヒエラルキーは下位になる。

 そうなると。

 情報を得たはいいが、その人物はすぐに動けない。

 導線がない。

 つまり、情報を集積場に運ぶ方法がない。

 正確には、能動的に情報を渡すべき相手に渡せないと言える。

ASTRAアストラ』とマノーラ騎士団と士衛組、そのすべての最新の情報線を管轄するのはリディオだからだ。


 ――リディオに情報を伝えるには、リディオの魔法《電送作戦トランスミッション》の使用が必須。でもそれはリディオ側からしか発動されない。


 いつ情報共有のための通信が来るかによって、こっち側の情報を渡せるかが決まる。

 そういう意味での受動性が、リディオの元へと情報が届くまでに時間がかかる要因になる。

 ヒナにもそこまで読み解けたのだが。

 また別の可能性にも視野を広げていた。

 けれども。


 ――けれども、もし……。もし、情報を売った相手が士衛組でも『ASTRAアストラ』でもマノーラ騎士団でもなかったら? だれかが介入して、なにかを狙っていたら? 確か、クコは鷹不二氏の姫、あの『運び屋』といっしょにいるのよね? そんな外野が持っていいオーソリティーじゃない。その権威は、士衛組や『ASTRAアストラ』を、未来いいようにできちゃう力がある。


 それだけの恩を作ってしまう。

 これは、あるいは主旨から外れるが、これから先の戦いにおける重要ポイントでもあった。

 味方陣営、特に士衛組にとっての急所ともなり得る問題なのだ。


「まあ、考え過ぎ……よね。っと、それよりさっさとあいつに話を聞きに行かなくちゃ」


 ヒナは握っていたうさぎ耳から手を離す。

 走り出そうとしたところで。

 アキとエミが言った。


「今日はどの味にしようかなー」

「ヒナちゃんはどうする?」

「て、なにしてるの? 行こうよー!」

「サービスしてくれるかもしれないよ!」


 二人はすでに駆け出している。

 ヒナがジト目で、


「どんな根拠があってサービスなんてしてもらえるって?」


 走りながらくるっとターンして、エミが顔をヒナに向け、


「だって、あの人『ASTRAアストラ』の……」


 そう言ったとき。

 刹那のうちに、それは起こった。

 空間が入れ替わる。

 ヒナは、アキとエミの二人とはぐれてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る