8 『標的グリップ』

 大きな肉まんとシュウマイのお店『屋』。

 そこで、サツキとクコとルカ、アキとエミの五人がイスに座っている。店の人とおしゃべりするために、アキとエミはすぐに席を立ったが、サツキとクコとルカは座ったままである。

 クコは手紙を広げる。


「では、読みますね」

「手紙は、俺たちも見ていいのか?」

「はい。もちろんです。大切なことですから」


 クコを真ん中に、サツキとルカが両側から手紙を見る。

 手紙の内容は、


「リラが自分だけの魔法を博士と創っていたのですが、完成したみたいです。そして、リラがわたしたちの旅の仲間になってくれます」


 九人目の仲間だ。

 あお

 クコの妹で、サツキより一つ年下、誕生日が十二月三十一日だから今は十一歳である。ナズナやチナミと同い年になる。ナズナとはいとこで、玄内とルカとも面識がある。


「あ! リラは、もう旅立ったそうですよ!」


 サツキとルカは手紙に視線を落として、


「ルーンマギア大陸横断中に合流するくらいになるだろうな。しんりゅうじまを出たあとか」

「イストリア王国ね。もしかしたら、それより早いかもしれないわ」


 実はリラがもう晴和王国まで来ていることを、当然クコたちは知らない。知っていればすぐに会いに行ける距離にいるというのに……。

 また、イストリア王国。それは、うきはし博士の裁判がある地である。先ほどの号外にあった地名を、サツキは覚えていた。


「あとでそのあたりの地理を教えてくれ」

「わかりました」


 ――地図は記憶から見せられますし、また膝枕をしてあげましょう。


 地図は持ってなかったし、手書きするより魔法で地図の記憶を見せてやるほうがわかりやすい。


 ――あら? もしかしたらサツキ様、ちょっと甘えたくなっちゃったんでしょうか。それで教えてくれだなんて言ったんですね。ふふふ。


 微笑みを噛みしめていると、ルカがジト目でクコを見る。


「なにニヤニヤしてるの?」

「ふふふ」


 自分の世界に入っているクコは放っておいて、ルカはサツキに聞いた。


「そういえば、さっき言ってた地動説の少女もイストリア王国には行くんじゃないかしら」

「ああ。うきはし。もし父親ならばその可能性は充分ある。あまみやを出てから会ってなかったけど、今どうしてるんだろうな」


 あまり他人のことに首を突っ込むのは好きではない。しかし、ヒナがつっかかってきた理由がおそらくこれだとわかった今、少し気になってしまう。

 すると、クコがうれしそうに目を輝かせてサツキに言った。


「今夜はたーくさん甘やかしてあげますからね、サツキ様」

「……?」

「なに言ってるのこの子……」


 サツキとルカには、なんのことかよくわからなかった。

 アキとエミが肉まんを手に、三人に声をかけた。


「できたよー」

「食べよーう」


 クコとルカも肉まんを受け取り、ルカが半分に割ってサツキと分ける。


「いただきます」


 五人声をそろえて食べ始める。


「おいしいー!」

「ほわほわ~!」


 まずアキとエミがそう言って、クコとサツキとルカも感想を述べる。


「パワフルなお味です!」

「うむ。美味だ」

「食後だったけど、これなら食べられちゃうわね」


 アキとエミはおしゃべりしながらだというのにあっという間に食べ終えると、さっそく立ち上がった。


「よーし! 食べたあとは運動だー!」

「チャージ完了ー!」


 クコも遅れまいと慌てて口に詰め込むが、それを見てアキとエミが笑った。


「あはは。大丈夫だよ、急がなくても」

「あはっ。クコちゃんったらあわてん坊さんだなあ」


 半分ずつだったサツキとルカも食べ終える。クコが口に詰め込み過ぎてむせると、サツキは背中をさすってやった。

 ごくっと飲み込み、クコは苦笑いを浮かべながらサツキに言う。


「すみません。ありがとうございます」

「うむ」


 残りを口に放り込み、クコは一生懸命モグモグ食べる。

 お茶で流したところで、一行は店から離れた。アキは「またねー」と店員に手を振って、エミが「ごきげんよーう」といつもの挨拶をした。

 五人で歩きながら、サツキが聞いた。


「運動って言ってましたけど、どこに行くんですか?」

「『うらはまコスモランド』だよ」

「いろいろあるんだぁ!」

「わたしもお二人についていこうと思ってます!」


 陽気なアキとエミと違い、クコはやる気満々といった感じである。

 ルカがサツキに問うた。


「でも、サツキは山上公園と浦浜赤レンガ倉庫、宇宙科学館が見たいって言ってたわよね」

「うむ。じゃあ、別行動にするか」

「はい。わかりました。頑張らせていただいてきますね」


 溌剌とした顔でやる気をみなぎらせるクコに、サツキとルカは首をひねる。


 ――コスモランドってアミューズメントパークみたいなものだと聞いたが。そんなに遊園地が好きだったのか。


 確かにクコは子供っぽい面もあるし、遊園地好きだと言われてもうなずける。


 ――この世界の遊園地がどんなものか興味もあるが、ルカに聞けばそれでいいか。


 そう思うことで一度考えるのをやめる。


「わかった。またあとで」

「私はサツキと行くわ」

「では、また」


 そのあと、アキとエミがあのおまじないをしてくれた。


「《ブイサイン》」

「《ピースサイン》」


 アキの《ブイサイン》は必勝祈願、エミの《ピースサイン》は安全祈願の効果がある魔法である。


「はいっ!」


 クコも二人のマネしてピースサインを決め、アキとエミは「じゃ」、「ごきげんよーう」と挨拶して走り出した。一歩遅れてクコが二人を追いかける。ちらっと振り返ってサツキとルカに手を振った。

 サツキも手を小さくあげて、それからルカに声をかける。


「よし。俺たちも行こうか」

「ええ。まずはここからだと山上公園がいいかしら」


 ということで、二人は山上公園に向かって歩き出す。




 山上公園は、緑の多い海沿いの洋風庭園の風情があり、さっきまでの中華街とはまるっきり空気が変わる。この変わり様が浦浜のおもしろさでもある。

 美しく整った区画には、バラ園が広がっていた。


「バラか。この時期でも咲いてるんだな」

「魔力を吸うことで、咲く期間が長くなるものが多いのよ。五月から六月がもっとも綺麗だと言われてるわね」

「へえ。晴和王国では、桜も少し長く咲くもんな」

「そうね。バラはもうちょっとそうした影響を受けやすいの」


 バラと聞いて。

 ふと、サツキはリョウメイの顔が浮かんだ。

だいおんみょうやすかどりようめい

 王都で出会った陰陽師であり、怪異の専門家、またあるいはたけくにの軍監にして、少年少女歌劇団の管理者であり、王都で起こった怪盗事件の犯人。

 彼が、バラについて話してくれた。

 それによると、バラは足に影響を与える花だとか。

 口数が少ないのはサツキの平素と変わらぬ特徴だが、ルカは気になって問いかけた。


「どうかした?」

「いや」


 視線の先に、サツキは変わった建造物を見つけた。

 インドのようなイスラム風の建築でありながら、和風のデザイン性も混じり合っている。


「あれは?」

「ガンダス水塔よ」


 サツキは記憶をたぐる。


 ――ガンダス共和国はインドに相当する国だったな。カレーが有名な。そして、次の目的地。浦浜を出航した船が、次に辿り着く場所。


「なんでガンダスの建物が? それに、水塔って?」

「昔、晴和王国に移り住んだガンダス共和国の商人たちが寄贈してくれたらしいわ。なんでも、震災で亡くなったガンダス商人のために手当や援助など尽力してくれた浦浜へ、感謝の気持ちとして建立したそうよ。今ではその機能として使われてないけど、水塔っていうのはガンダス式の水飲み場のことね」

「勉強になるよ」

「ガンダス商人は世界中で活躍しているから、いずれ出会うかもね。この水塔とは関係ないかもだけど」


 世界を旅していれば、ガンダスの商人に出会うこともあるだろう。ルカとしてはそれくらいの意味だったが、のちにサツキたちが出会うガンダス商人は、偉大な船乗りであり、『ガンダスのかぜ』とも言われる人だった。

 ただそれはまだ先の話である。

 ガンダス水塔があるほうへと近づく途中、サツキは海上に船を見つけた。水塔の先にあるレストハウスのさらに先に、大きな船が見えた。

 少し離れているから、船の形もよくわかる。


「まるでくじらだ」


 サツキがつぶやくと、ルカは教えてくれた。


「あれは『くじらかん』よ。くじらをモチーフにした船で、一年中、常にあそこに停泊しているわ。背中にある灯台が、潮を吹いているように見えるでしょう」

「うむ」

「あの背中はイベント会場。いつもなにかイベントが行われているの。中には商業施設が入ってる」

「行ってみない……」


 言いかけたとき、悲鳴が聞こえてきた。


「アイヤァァァァァァアー! しびれるアルぅ!」


 船が大きいから少し離れた場所にいながらも『くじら館』を見ることができるが、声の主がどこから叫んでいたのかはわからない。


「なんか声がしたな」

「ええ。アイヤーとかしびれるとか聞こえたわ」

「俺は後半は聞き取れなかったけど、なにかあったのかもしれない」

「いったいなにが……」


 そのルカの疑問に、後ろから返答があった。


「バトルに決まってるだろう!?」


 サツキとルカが振り返ったときには、攻撃が向けられていた。

 二人の騎士が剣で斬りかかってきた。


「『はなぞのまとなでしたから、まずはおまえから始末してやる!」


 叫びながら斬りかかる騎士に、仲間から声が飛ぶ。


「気をつけろ! やつが咲かせるのは、剣の花だ」


 その声がしたときには、ルカは手のひらを向けていた。


「《とうざんけんじゅ》」


 騎士二人の進路に大量の刀剣を突き立て、サツキとルカは後ろへ退いた。

 距離を取る。

 自分たちと敵との間にブラインドを作った形になった《とうざんけんじゅ》。


「随分と素敵な二つ名をつけてくれるじゃない。今後も気に入ることはないと思うけれど」


 そう言って、ルカは刀剣の花を地面の中へと消してゆく。

 この《とうざんけんじゅ》は、一人に深い傷を負わせ、もう一人には怪我をさせた。攻撃を受けたこの二人が後ろに下がり、後方にいた二人に並ぶ。


「くそう。やってくれる」

「不注意だったおまえらが悪い」


 そう注意して、四人の中のリーダーらしき恰幅のいい騎士がサツキとルカに言った。


「ボクは『りくじょうのアリゲーター』日健郎満ビッケン・ローマン。見てわかることだろう。ボクはアルブレア王国騎士だ」

「ローマンさんは騎士団長になるお方だぞ」


 取り巻きらしい一人が言った。ローマン以外の三人は取り巻きなのだろう。ローマンは人差し指と親指を立てる。


「ザッツライト。ボクは騎士団長になる。ボクは騎士団長志願者だ。バスターク騎士団長とオーラフ騎士団長がやられた今、反逆者を捕らえるべきリーダーはこのボクしかいない。そういうことだろ?」


 最後が疑問形になっていたが、サツキはそれには答えず、言葉を返す。


「つまり、俺がだれかわかって攻撃を仕掛けてきたと?」

「ザッツライト。ボクはキミを、『いろがんしろさつきだと知っている」

「では、戦いは避けられませんね」


 サツキは刀の鯉口を切る。


 ――こんなところで敵と遭遇とは。この分だと、浦浜各地でバトルが始まっておかしくない。いや、ローマンはあの悲鳴をバトルと言った。つまり、だれかはすでに戦ってる。


 ローマンも剣を抜いた。


「ザッツライト。『緋色ノ魔眼』、ボクらは戦う運命だ」

「おそらくローマンが強敵になる。ルカ、他三人を頼めるか」

「わかったわ」


 ルカと相談し、サツキはさらに小声で言う。


「フウサイ。俺は実戦経験を積みたい。玄内先生にも言われてるしな。したがって、援護は俺が本当に危なくなったらでいい」

「御意」


 影の中から声が返ってきた。

 サツキは、ローマンとの戦闘を開始した。

 抜刀し、駆け出す。


「ボクの魔法をお目にかけよう! ぬん! 《パワーグリップ》」


 ローマンは剣を高く掲げる。

 だが、強く握りしめただけで、なにも変化は見受けられない。


「握る力を強め、パワーの伝達力を高める。足の裏にもそのグリップ力はある。そして――ぬん!」


 キン、と金属音を鳴らして、サツキとローマンが刃を打ち合わせる。つばぜり合いのかっこうになり、サツキは力を込める。


「く」


 相手の腕力は強い。


 ――腕が太いだけあってパワーが……! 一旦、下がろう。


 一度、ぐっと押して距離を取ろうとする。

 が。

 まったく刃が動かない。

 しっかり絡まったように、ピクリとも動かない。微動だにしない。


「なぜ? そう思っただろう?」

「魔法……?」

「ザッツライト。これは《スーパーグリップ》。摩擦力によって動けなくする魔法だ」

「摩擦力……」

「そう。『陸上のアリゲーター』は、噛みついたら決して離さない」


 刃を合わせた状態のまま、ローマンは片方の手を離し、その手で拳を握りサツキに殴りかかってきた。

 サツキも素早く反応する。


「ハッ!」

「ごふ!」


 正拳突きがローマンの鳩尾に入った。

どうぼうざくら》の《ぼう》の効果によって、刀を帽子の中へと一瞬で戻し、相手の拳を左手で上段に受けて、右手の正拳突きを放ったのである。

 さっと距離を取る。


 ――《せいおうれん》で魔力を練って圧縮することができなかったから、やはりダメージは小さいか。


 ローマンは不快そうに口を拭い、それから不敵に笑った。


「やるじゃないか。ボクの魔法にこうもたやすく対応できた人間に会ったのは久しいことだ」

「……」

「ザッツライト。いいだろう。『緋色ノ魔眼』、キミに敬意を表し、ボクの本気を見せてやろう」

「お好きにどうぞ」


 淡泊なサツキの言葉にも、ローマンは余裕のある口ぶりで宣言する。


「ボクの本気を受けたら、五分ともたない。それは忠告しておこう」

「……」


 サツキは横に視線を切る。

 ルカのほうは戦闘が終わったようだった。刀剣の花園はとうに消え去り、二人が倒れ伏し、一人がローマンにすがった。


「申し訳ございません、ローマンさん。あいつ、かなりの使い手で……」

「ザッツライト。おまえは用済みだ」

「え」


 大柄なローマンは片手で部下の騎士をつかみ、ぶんなげる。


「ぬん! 《パワーグリップ》による握力で持ち上げた。そして、《ボードグリップ》だ」


 外灯にぶつかった騎士は、円柱状の柱に背中がベタッとくっつく。しかし、数秒しても、二メートル程度の高さのまま落ちずにくっついたままである。

 これを見てサツキは、まさかと思う。


「摩擦で、柱に固定した……?」

「ザッツライト。もうあいつは動けない。一日もすれば剥がれるだろうがな。それが《ボードグリップ》の効果さ」

「なるほど……」


 ルカが数歩下がって、サツキに言う。


「援護は?」

「今は大丈夫。危なくなったら」


 小さく顎を引き、ルカはサツキの戦いを見守ることにした。


「ボクらはボクらの戦いを続けよう、『緋色ノ魔眼』。では、くらうがいい! ぬん!」


 ぎゅっと踏みしめ、ひと息にローマンはサツキのテリトリーに侵入した。かなり強い一歩である。

 サツキは刀で受け、ローマンも剣で迎え撃つ。


「ぬん! ぬん! ぬん!」


 何度か打ち合い、最後の一打は《スーパーグリップ》による摩擦が生じる。これをサツキは刀を帽子に転移させることでかわす。


 ――隙ができた。


 この機会を見逃さない。

 腰を落とし、サツキはまた拳を打ち込んだ。

 そのとき、ローマンと視線が合う。


「《だまグリップ》!」


 フハハっとローマンの顔には笑みがこぼれる。

 が。

 サツキはそのまま拳を振り抜く。


「はあああああああ! 《ほうおうけん》!」

「ぬおおおおおおおお!」


 ぐりっ、と重たい衝撃がローマンの腹に放たれ、吹き飛んで後ろの木に背中からぶつかった。ローマンはすっかり気を失っている。

 その様子を、高い場所から見ていた者があった。


「やるなァ。試してみたいねえ」

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