9 『摩天ラッシュ』
「やるなァ。試してみたいねえ」
帽子の少年の戦いを見て、ミナトに微笑が浮かぶ。
つい、刀の鯉口を切っていた。
「で」
と、つぶやき、ミナトは抜刀するや天下五剣『
キンキンキンキンキン、と五回の金属音が鳴り。
五枚の手裏剣が落ちた。
ミナトが立つのは、浦浜マリンタワー。
この当時としては高い建築物で、灯台としても機能している。『くじら
また、このタワーはシャルーヌ王国出身の建築家による作品だった。
『
彼はもう五十歳を過ぎるが、もう十五年も昔、晴和王国の幕末の終わりと新戦国時代の開始という期間中に、ここ
『
奇抜で斬新なデザインセンスを持つガウマーヌは、このタワーをアーティスティックに表現してみせた。海と波をイメージしたらしい青と白の市松模様のタイルで不思議に爽やかに彩られる。未だ、この浦浜のシンボルの一つになっている。
そんな浦浜マリンタワーでは、ミナトが突然の手裏剣にも反応して刀一本で捌いてみせた。
タワーから地上へと落下してゆく手裏剣には目もくれず、ミナトは肩越しに顔を振り返らせる。
「なにかいるなァとは思ってたけど、忍者がいるとはねえ」
「……」
「僕は
名乗るミナトに対して、忍者は名乗らない。黒い布に覆われた口を開くことさえない。
忍者はまた手裏剣を投げた。
「《
またミナトは手裏剣を撃ち落とす。
が。
手裏剣は忍者の手元へと戻ってゆく。
「あ、戻った。その手裏剣、いなせだねえ」
にこっと微笑み、ミナトはタワーの側面を駆け下りた。忍者でもないのに身軽で、壁を蹴って回転しながら飛び降りる。
飛んだ瞬間に手裏剣がまた投げられたが、『
「あなたとの戦いも楽しいなァ」
いつの間にか忍者も地上におり、ミナトと数メートルの距離を保っている。
しかし、ミナトにはわかる。
――他にも気配がある。木の陰とかにも潜んでるのかなァ。それはともかく、この人……とんでもなく強い。僕は剣士専門のつもりだったけど、これほどの人とは戦わなくちゃあ損だよねえ。
ミナトは問うた。
「ところで、どうして僕を攻撃するんです? まさか、なんとなくってわけじゃァありますまい」
ここで、初めて忍者はミナトに答えを返す。
「拙者は、
『
――よかった。戦ってくれるみたいだ。細かい話はいい。疼く。
すぅっと刀を鞘に収め、居合いの構えを取る。
「では、心置きなく戦いましょう。フウサイさん」
その頃、海上を走る船があった。
回遊船。
いわゆるシーバスと呼ばれるもので、この浦浜の港町を移動するための交通手段になっていた。
その船上の席で、少女は目を閉じる。
「ジャズが聞こえますね」
「はい。姫は楽しい気分になります! どんどんテンポアップしてますね」
明るい音色に、自分のことを「姫」と呼ぶ少女ウメノがるんるんと相槌を打つ。
隣で、ウメノの同伴者である青年トウリが言った。
「あの『くじら
「実はわたくしもあまりわかりませんの」
と、リラは苦笑した。
現在、リラはトウリとウメノの二人とシーバスに乗っていた。食後、リラの行きたいと言ったところへ二人が案内してくれるそうなのだ。
それは美術館だった。
ウメノはニコニコと笑顔で、
「リラさまは絵がお上手だから、美術館に行きたい気持ちもわかります! 姫は行ったことがないから、気になってますよ」
「まあ。では、いっしょにいっぱい楽しみましょうね」
「はい!」
元気に答えて、ウメノは船から港町を眺める。
突然、ウメノは顔をしかめた。
「む~」
「どうしたんだい?」
トウリに聞かれて、ウメノは答える。
「今、あいやーって聞こえました。しびれるーって」
「辛い物でも食べたのかな」
「そうかもしれません。あははは」
と、トウリの答えに満足したのかウメノは笑った。
「姫は辛いのは苦手です」
「わたくしもです。トウリさんは?」
「私もちょっと……。甘い物ならいくらでもいけるんですけどね」
三人で談笑する。
ものの数分で、ウメノが唐突に声を上げた。
「あ!」
「どうされました?」
今度はリラに聞かれて、ウメノは浦浜マリンタワーを指差した。
「忍者がいます!」
「え。リラ、見てみたいわ」
慌ててリラも浦浜マリンタワーに視線をよこすが、そこにはなにも見えなかった。不思議な塔が建っているのみである。
ウメノは手をパタパタさせながら、
「本当にいたんです」
「疑ってませんよ」
優しくリラがなだめるが、ウメノは忍者をリラに見せてあげられなかったのが悔しくて、頑張って説明する。
「あの浦浜マリンタワーの上に侍といっしょにいて、二人共タワーの壁をかけおりていったんです」
正直に話しているのに荒唐無稽な話になっていくが、リラはうんうんと聞いてやっていた。
「さあ。回遊船での短い旅もそろそろ終わるよ。陸に戻れば、すぐに美術館だ」
トウリが声をかけ、リラとウメノも降りる準備をする。
玄内は、レストハウスで休んでいた。
山上公園のレストハウスは、この公園内の端にある。近くにはガンダス水塔があり、『くじら館』を見ることもできる。
カフェとレストハウスが入っており、海が眺められることから人気があった。
――『くじら館』ではジャズを演奏中。その音もかすかに聞こえてくる。ジャズを聞きながらのコーヒーも悪くねえ。
海よりも書物に目を落とし、玄内は静かに優雅な時を過ごしていた。
だが、外が騒がしくなっているのを感じ取る。
窓から山上公園のほうへと視線を向ける。
ここからは離れた場所で、サツキが戦っていた。
――サツキか。敵は、アルブレア王国騎士だな。
その騎士は、もう一人の騎士を片手でつかんでぶん投げた。投げ飛ばされた騎士が外灯に叩きつけられた。
――さて。おれも出向いてやるか。勝負は、サツキの勝ちだろうがな。
外に出てそちらへと歩いて行くと、もうサツキの戦いが終わるところだった。
「《
騎士が背中から木にぶつかり、気絶した。
そこに顔を出して、玄内は声をかけた。
「よう。サツキ。こいつらはアルブレア王国騎士か」
「玄内先生」
サツキは玄内に気づいて説明する。
「はい。どうやら、あの『くじら館』ってところでも戦いがあったみたいです。この町にも来ているみたいですね」
「人数はわからねえが、このあとも見つかったらバトルか」
ルカが質問する。
「出歩かないほうがよいでしょうか」
「いや。好きにすりゃあいいさ。フウサイがいるってだけで、おまえらの命がなくなるようなことはねえ」
「そう、ですね」
「まあ、よっぽどヤバイのと敵対関係にならなければ、だが」
玄内の視線が浦浜マリンタワーほうへと一瞬動いたことに、サツキとルカは気づかなかった。
倒れている騎士の元へと移動して、サツキが玄内に言った。
「あの。この騎士、《スーパーグリップ》と《パワーグリップ》、あと効果はわかりませんが《
「そうか。没収してやる」
「騎士の名前は知らなくても大丈夫でしたか?」
「ああ。どうでもいい」
そして、玄内は騎士の隣に来て、「《
「その魔法、没収だ」
首の後ろに鍵を差し込み、ひねる。
あとはもう、ローマンという名の騎士の魔法は没収され玄内の所有物になってしまった。
「なるほどな」
「先生、最後、俺は《目玉グリップ》という魔法を使われたようなんですが……」
「《目玉グリップ》がなんだったのか。そう聞きてえわけだな」
こくっとサツキはうなずく。
「相手と目を合わせることで、目から発射された魔力が相手の目を留めて固定し、目線を動けなくする。そういう魔法みたいだな」
「そうでしたか」
「つまり、サツキの《
ルカは冷静につぶやく。
「最後の攻防には、そんな裏があったんですね」
「つまんねえ手品の種でも見せられた気分だろうが、サツキ相手じゃなけりゃあかなり使えるだろうな。改良の仕方次第では……」
と、玄内は考える。
その答えは、一瞬で出た。
――クコを大幅に強くする。決め手が《ロイヤルスマッシュ》だけで小技のないクコが持つと効果倍増だ。剣同士を合わせた固定などの性質上、接近戦、武器の使用、それが必須のクコと相性がいい。
言葉の続きを待って黙っていたサツキに、玄内が言う。
「おもしろいことになる。そういや、クコはどうした? いっしょじゃないんだな」
「はい。なんだか、やる気満々にアキさんとエミさんとアミューズメントパークへ遊びに行くみたいでした」
「そうか。あいつはおまえら二人といっしょで、真面目すぎて自分を追い込むところがありそうだからな。たまには羽を伸ばすといい。おまえらもそうだぜ?」
「俺も、いろいろこの世界のことを知るついでに、観光気分で浦浜を満喫するつもりです」
「それがいい。たまには真面目な顔してサボっとけ。おれはこの魔法を少し改良してみる。思いついたことがあるんでな。忘れないうちにやってみるぜ」
「わかりました。では、のちほど」
「おう」
サツキと玄内の会話が終わり、最後にルカがぺこりと会釈。
「失礼します」
二人が去って、玄内は浦浜マリンタワーを一瞥した。
「片方はフウサイ。もう片方は、だれだ……? 止めるべきか……」
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