62 『エアウォーカー』

 サツキとヒヨクがまた距離を測りながら戦う。柔術使いのヒヨクはサツキをつかもうと手を伸ばし、空手を得意とするサツキは突きや蹴りを狙う。

 剣士のミナトとツキヒは早業を互いに繰り出して、剣と剣が乱れる。


「本日の最終戦も盛り上がってきたぞー! 四人のうち、だれが最初に仕掛けるんだ!? このままで終わらせる四人じゃないでしょう。そして、両陣営コンビネーションを見せることもあるのでしょうか! おおーっと! やはり最初に動いたのはこの人だー!」


 クロノの声に、会場の観客たちは注目する。

 当然、戦っている選手たちもそれをしっかりと耳に入れていた。

 ミナトはツキヒから目を離さず、クロノの言葉を聞いた。


 ――ツキヒくんは剣を振るっているだけ。じゃあ、サツキかヒヨクくん。でも、サツキはきっと先には仕掛けない。とすると……。


 また、サツキは緋色に輝く瞳でヒヨクの魔力の動きや変化を観察していた。


 ――来るッ!


 魔力を足元に集めたヒヨクが、ついに動いた。


「来たーっ! ヒヨク選手、浮いたー! サツキ選手の真上を歩き、後ろに回り込む! やや下がって、攻撃の手を伸ばすー! 空中を足場に、背中合わせのままサツキ選手のえり首をつかみ、投げたー! サツキ選手、耐えられるかー!?」


 なんとか受け身を取ったサツキは、身体へのダメージを抑えて、素早くヒヨクに向き直る。


 ――ヒヨクくん。空中を歩ける魔法を使うのか。そんな相手とやり合ったことなかったし、やりにくい。


 サツキが構えると、すかさずヒヨクは次の攻撃を仕掛けてゆく。


「やるね、サツキくん。ぼくの攻撃をこれだけうまく受け流せる身体の扱い、さすがだ。でも、ぼくもサツキくんの《波動》を警戒しながら戦うのでいっぱいいっぱい。勝負を長引かせるのはこっちが不利。連続でいくよ」

「うむ。望むところ」


 小さくうなずき、サツキも魔力を練ってヒヨクに応じる。

 ここで、サツキとヒヨクの戦いを実況していたクロノが、ミナトとツキヒの戦いにも目を向ける。


「ツキヒ選手とミナト選手は一進一退の攻防を繰り返しているぞ! こちらも大きな変化があったら実況しよう。さあ、サツキ選手はヒヨク選手の攻撃を受けて動きが積極的になってきている! カウンターパンチを狙うスタイルから、自ら打って出るスタイルにチェンジしてるのか!?」


 一撃を返そうとするサツキに、ヒヨクも空中を歩いてうまく避ける。


「ぼくの魔法、《空中散歩エア・ウォーク》はダメージを与えられる技じゃない。だからパワーをカバーして戦わないといけないんだ。負けないよ」


 投げ技を繰り出す際、空中でも踏ん張れるのが《空中散歩エア・ウォーク》の強みといえる。だから、さっきもサツキの上に回り込んで、サツキのえり首をつかんで投げ飛ばすことができたのだ。


 ――あのとき、ヒヨクくんにとっての地面は斜めになっていたはずだ。たぶん、四十五度くらいの傾斜の足場を空中に持ち、俺を投げた。だとすると、ただ空中を歩けるだけじゃない。いろんな角度で空中を動ける……厄介な技だ。


 しかも、どのくらいの高さまで移動できるのかもわからない。

 先日のダブルバトル部門の試合に参加していた、空中に釘を刺して足場とする魔法《SPLASH!スペースネイル》の使い手・マッシモは、相方のデメトリオが釘に飛び移り、上から《愛ノ爆弾パーチェボンバ》という爆弾を落として戦うスタイルだった。ヒヨクの魔法ならこういった戦法を使うこともできる。このあともなにが来るかわからない状況に、サツキはヒヨクをよく見る。

 一方で、ミナトとツキヒは何度も刀をぶつけ合っていた。

 おそらく、剣の実力だけならミナトのほうが数段上だろう。しかし攻めあぐねている。


 ――ツキヒくん。やりにくいな。強さはサツキと同じくらいか。いや、ちょっとだけサツキよりも強いのかな。たぶん、この人は長い間、刀を振ってきた。その経験値の差だ。でも、それだけじゃない。ただの熟練の剣士とは違うなにかがあるから、やりにくいんだと思う。その正体はなんだろう……。


 ミナトの攻撃を受けながら、ツキヒは剣を持っていない左手で、さらりと耳に触った。それも、ミナトが気がつかないほど自然に、流れるように。そして、ツキヒは指先をミナトに向けた。これもミナトが気にならないほど自然に、攻撃を受け流す流れの中で。

 すると、ミナトは瞳を大きくした。


 ――あれ? 急に、音が消えた。なにか、された……?


 これではクロノの実況も聞こえない。それによって状況を知ることはできないから、考えるしかない。


 ――さっき、ツキヒくんは投げキッスでファンの口を閉じさせた。また、目に触れたあと指先をサツキに向けて、目を閉じさせた。つまり、僕はいつの間にか、耳を閉じさせられていたってこと? 閉じるっていうより、機能を奪ったって感じかな。


 ツキヒの剣を受けながらでも、ミナトにはそこまで分析できた。

 ミナトがなにかリアクションをしているわけでもないから、『司会者』クロノさえ気づいていないだろう。戦っているサツキはなおさらだ。


 ――これは、サツキにも報告しておこう。


 そう思って、声を上げる。


「さ――」


 サツキ、と呼ぼうとして、ミナトは動きが止まる。


 ――声が、出ているのかもわからない。サツキはこっちを見ていない。ダメだ、声も奪われている可能性もあるんだ。今はツキヒくんに集中しよう。


 混乱しかけた頭を冷静にして、ツキヒの攻撃をかわした。

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