112 『ディスタンスバニッシュ』

 魔法の名前は《消失点消失バニシングポイントイレーサー》。

 率直に言って、消失点を消されたということだろう。

 そもそも。


 ――消失点。それは、絵画などでよく使われる用語だ。


 たとえば、道路を描いたとき、画面の奥に行くほど道幅を細くしていくものだが、その道幅がゼロになる一点が消失点であり、これはルネサンス初期の画家が最初に使ったと言われている。


 ――めまいにも似たこれは、そのせいだったか。


 絵でたとえれば、ひどく不正確な描写であり、そんな世界に放り込まれたようなものなのだから、めまいが誘発されても当然だった。

 遠くが遠く感じられない。

 近くが近くであるかもわからない。

 世界がゆがみ、遠近感が奪われたのだ。

 すなわち消失点は失われた。

 このひと言に尽きる。


 ――消失点が消えたとして。だとすれば、彼らの遠近感も失われているのか? とてもそうは見えないが。


 あまりに平然とした騎士たちを見た限り、だれにもめまいのような症状は見られない。


 ――個人の身体に魔法をかけたわけではないとしたら、消失点の消えた影響は……向き、か?


 そう思ったところで、サツキと剣を合わせていた騎士がグッと剣を押し、サツキを後ろに飛ばした。

 数歩下がったサツキに、次の剣を振る。

 だがそれは、おかしな模様の入った剣だった。


 ――いつの間に!


 いつの間に、そんな模様が入ったというのか。

 剣の刃に、突如として浮かび上がったのである。

 しかも、サツキの目がそれに対応できない。


「魔法のはず」

「……」

「そう思ったか? 貴様の瞳のことはリサーチ済みだ!」


 サツキの《緋色ノ魔眼》は魔力を視認できる。


 ――確かに、刃に魔力が集まったのに。


 集まったのに、サツキの目はめまいに加えてさらに視界の異変を感じる。焦点が定まらなくなる。定められなくなる。


「これがオレの《錯視錯曲オプティカルイリュージョン》」


 そう言って剣を振りサツキの身体に斬りつけた。

 サツキは見切れず、回避もままならず、左の肩から袈裟に斬られてしまった。

 傷はまだ深くない。

 動けないこともない。

 だが、ダメージは決して小さくない。


「オレは『さく』だからな」

「錯、視……?」

「『錯視家』阿連視慈円南路アレッシ・ジェンナーロだ。おまえが見極められずとも仕方ない。その目はオレたちの前ではなんの役にも立たないのだよ」


 ジェンナーロは、年は三十一。

 剣を武器に戦う騎士で、身長は一七七センチ、絡め手のような魔法を使う割に、引き締まった身体をしている。

 斬撃を与えると、ジェンナーロは下がった。

 距離を取った。

 取ったらしい、と思われる。

 だが、サツキにはすでに、その距離感が失われている。

 ゆえに正確なことはわからなかった。

 ほかの二人に関しては、後ろにいるままだ。


「ワタシは符炉家丁振土陸プロイエッティ・フレドリック。二つ名は『死の臨界点デッドライン』。それだけ貴様に教えてやる」


 フレドリックは二十七歳、その二つ名から想像できることも多くない。

 ほか二人と同じく剣を持っているが、魔法も含めまだどんな戦い方をしてくるのかわからない。

 ただし。

 軽装とは言わないまでも、動きのよさそうな感じがある。

 精悍な顔立ちからも力強さがみなぎるようだった。

 そして。


「ボクは人呼んで『距離を消す者ディスタンスイレーサー』、加茂羅捻雅夫知カモラネージ・マサオッチだ」


 マサオッチは、魔法《消失点消失バニシングポイントイレーサー》の使い手である。

 年は二十五、四つ上のジェンナーロとフレドリックを師と仰ぐ。

 身長は一八三センチでガタイがいい。

 三人の中ではもっとも若くもっとも武闘派に見えるが、魔法の性質上その限りではなさそうだった。

 名乗りが終わり。

 ジェンナーロが言った。


「以上。我々三人がジェラルド騎士団長の側近、『瞳の三銃士』だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る