113 『ディクタートル』

 アシュリーは近くにいる人たちを避難させ、離れたところからサツキの戦いを見守っていた。


 ――もう、サツキくんが斬られちゃってる……。あの人たち、すごく強い。人数の差もあるし、このままじゃ……でもわたしにはなにもできない。ど、どうしよう……。


 数的不利に加え、相手の魔法の秘密もわからない。

 そして、サツキがすでに傷ついてしまっている。

 自分にはなにもできないのが、アシュリーには歯がゆかった。


「頑張って、サツキくん……!」


 声は、サツキには届いていない。

 しかしサツキは必死に頭を働かせていた。

 攻略の糸口を探していた。


 ――『距離を消す者ディスタンスイレーサー』。それはもうわかった。彼が《消失点消失バニシングポイントイレーサー》で消したのは消失点で間違いなく、その効果は距離感を消すこと。もっとわかりやすく言えば、遠近感の消失で間違いなかった。


 そこまでは、《消失点消失バニシングポイントイレーサー》の名前を聞いて、サツキ自身に起こった状況から読んだ通り。

 敵から目を離すことは生命の危機であり、戦場ですべきではない。

 だが、めまいのような感覚に耐えきれず、サツキは視線を横に切った。

 すると、不思議とめまいが弱まった。


 ――めまいが引いた……? わずかだが、確かに弱まった。


 完全に横を向けば、もう視界の端に敵がいることをなんとなく把握できる程度でしかなくなるが、めまいはなくなっていた。


 ――消失点との位置関係。つまり、向きのせいか。


 向きが変われば、《消失点消失バニシングポイントイレーサー》の効果対象にならないとみられる。

 まだ不確かだが、消失点には向きが設定されているかもしれない。

 その点を踏まえると。

 わかることが増える代わりに、不確定要素が以下の点として浮かび上がる。


 ――消失点を基準として、逆側から見たらどうなるのか? 効果が現れるのか、それとも適用範囲外なのか。


 いずれとも判別つかない。

 いずれであっても判別するのは容易じゃない。

 彼らは、失われた消失点より前にいるからだ。


 ――失われた消失点より後ろに行けば、俺と同じように距離感がなくなるのなら。どの方向から見ても、失われた消失点に向かって目を開けば、遠近感が消えてしまっていることになる。


 あるいは、方向だけが問題なのか。

 現時点で、判断材料が足りていない。

 判断材料をそろえるのは意外にも難しい。

 相手をただ引きずり出すことに意味はなく、裏を取って初めて反応を見る機会が得られる。

 しかもくらくらする頭で相手を把握して、傷ついた身体で戦う必要がある。


 ――いや。傷なら少しずつ治ってきている。大会のときほど効果は大きくないけど。左目に埋め込まれた《賢者ノ石》が熱い。血が巡るように魔力が循環して治癒していくのがわかる。


 左目を左手で隠すようにして、グローブがあるからあえて触れない。せっかく治癒が発動しているのに、魔法効果を消し去るのは愚かしい。

 ただ相手にはこの目を見せたくはなかった。


「さて」


 とサツキは仕切り直す。

 剣を振るくらいには、傷は癒えた。


「それで、奥にいるのがアルブレア王国騎士団長か」


 横を向いたまま、視線をそちらへと切って言った。

 マサオッチは得意げに、


「《消失点消失バニシングポイントイレーサー》の仕組みの一つに気づいたようだな。その通り、確かにこっちを見なければ遠近感は失われない。とだけ教えておこう。だが、おまえ如きがジェラルド騎士団長を意識するなど……」

「構わん」


 と、ジェラルド騎士団長は手で制した。

 ジェラルド騎士団長は名乗る。


「我は『独裁官ディクタートル樹里阿野冶選琉努ジュリアーノ・ジェラルド。アルブレア王国本土を離れ、ルーン地方におけるアルブレア王国騎士団の最高権限を持つ者だ。あらゆる領域を支配することを許されている」


 側近『瞳の三銃士』よりも背が高くガッシリしており、身長は一九二センチ、古代ローマの軍人のような威風をまとい、年齢は四十を超えるがあまりに戦場の人間の迫力がみなぎっている。

 独裁官の名が持つ強い意思がその目には宿っていた。

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