4 『スモールウィッシュ』

「わかりません。俺にできることなど限られています。俺に力を与えても、メフィストフェレスさんにメリットがあるとは思えません」


 メフィストフェレスはクツクツと笑った。


「謙虚だね。いや、謙遜ではなく、キミはキミ自身の価値にも特異性にも鈍感なのだろうか。きっとそうだろうね。これだけあっさり命をかけた旅や戦いをできてしまうキミなのだからね。だが、キミは特別だ。だからボクはキミの力になりたいと思い、キミを知りたいと思い、そのためにキミに関わろうとしている。ここまではいいかい?」

「いいかどうかは、あなたの言葉を最後まで聞いてからです」


 と、ルカはサツキの両肩に両手を置き、少し離れた先にいるメフィストフェレスから守るように、身体を入れる。


「宝来瑠香くん、キミにもわからないのかい? ボクとあれだけおしゃべりをしたというのに、まだ警戒しているのだね。まあ、それだけ城那皐くんのことが大切だということか。では、わかりやすく言おうか。ボクには、城那皐くんがこの世界とは別の世界からやってきた人間だと見抜く目がある」

「それは、ルカとミナトにも聞きました」

「うん。いざなみなとくんとのおしゃべりは愉しかった。彼もまた特別だよね。ボクが触れてはいけない特別だ。でも、キミはそんなこともない。キミは彼以上に特別な存在だけど、ボクにも関われる余地がある。なんせ、治療した恩があるのだからね」

「サツキになにかさせるつもりですか?」


 ルカの問いに、メフィストフェレスは肩をすくめた。


「ボクと話したキミにはわかると思うけど、ボクは悪魔としてここに閉じ込められここにいることで、退屈を持て余しているんだ。退屈で退屈で仕方なく、知識を得るという最上の喜びを感じる時をほとんど持たない。だが、城那皐くんと話をし、彼のことや彼の世界に想いを馳せることで、退屈と知識欲が満たされるのさ」


 それはルカも知っていた。メフィストフェレスは退屈な日々を過ごし、想像力を刺激されるサツキの話をいつまでも聞こうとしていた。


「そんなボクのささやかな願いは一つ。城那皐くん、キミと何度も話をして、知識欲を満たすこと。そのためならなんでもしてあげたいとボクは思っている。そこで、治療の恩を返すという名目だけでは足りないボクの気持ちに折り合いをつけるため、ボクはキミに《賢者ノ石》の力を授けようというわけさ」

「話すだけで、力を……」


 ルカのつぶやきに、メフィストフェレスはうなずく。


「もう一度、《賢者ノ石》を授けよう。ファウスティーノが生み出した本物ではなく、ボクの創ったほとんど擬似的なものだがね。今度これを埋め込めば、城那皐くんは前以上に強くなれる。どうだい? 城那皐くん」


 サツキは即答しない。

 そのわずかな時間を埋めるように、メフィストフェレスは言葉を続ける。


「《賢者ノ石》とは、霊薬《エリクサー》であり、それを体内に取り込めば、あらゆる傷を癒やし続けることになる。血が足りなくなれば自動的に血を生成して補給し、切り傷ができれば驚異的なスピードで傷口を修復してゆき、骨が折れれば、元の形に戻ろうとする。キミは体験したはずだ」

「……」

「ただし、コントロールはキミ次第。コントロールできるようにはなれないかもしれない。今度のは前よりも効き目が強いからね。今キミの瞳の中で消え入りそうな灯火で輝くそれは、じきに消滅する。使い切りの道具と同じだ。しかし、今度キミに与えるとなれば、ボクは今回の研究成果によりもっと素晴らしい半永久的な輝きを与えられる」

「会話をするだけで、それ以上の見返りもなくそんな力をいただけるなんて、そんな都合のいい話はないですよね」


 警戒しながらサツキが尋ねると、メフィストフェレスはニコリと笑った。

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