3 『アノマリーレポート』

「聞かせてもらっていいですか。メフィストフェレスさん、あなたがサツキにいったいなにをしたのか」


 メフィストフェレスは愉快げに微笑み、


「やっぱりキミに問いただされると思っていたよ」


 それからメフィストフェレスは友好的にうなずいた。


「もちろん聞かせてあげようじゃないか。宝来瑠香くん、城那皐くん。それを聞かれたくてボクはあれからキミたちをずっと待ち続けていたんだ。きっと試合には勝つだろうと思いながら、それでも城那皐くんがどうなっていくのだろうかと楽しみにしていた」


 なるほど、とルカは思った。


「客観的な視点と主観的な視点から、なにが起こったのかを聞きたいというわけですね」

「そういうことだね。理解が早くて助かるよ。宝来瑠香くん、さすがは士衛組の参謀であり城那皐くんのブレーンだ」

「すみませんが、客観的な説明はできません。私は私の予想の元、話すしかできません」

「ほほう。興味深い。本当は客観的なデータが欲しかったが、それもまたおもしろいといえよう。ぜひ聞かせておくれ」

「サツキの治療中、私が見たのは真っ赤に輝く霊薬《エリクサー》でした。これは《賢者ノ石》と呼ばれる代物で、錬金術において、不老不死を叶えると言われる究極の物質。サツキの瞳はそれと同じ真っ赤な輝きをたたえていた」


 ルカは試合中のサツキの瞳の色を思い返す。


「治療中、あなたがサツキの目に触れていたのも見ました。つまり、そのときあなたはサツキの瞳に《賢者ノ石》を埋め込んだ。試合中のサツキの様子からも、そう考えてよさそうでした。違いますか?」

「試合中の様子とは? それを聞いてから答えよう」

「骨を折られても、自然と治癒しました。体力が尽きるほどの疲労が見えたときにも、その疲労を感じさせませんでした。疲労が引いたようにも見えた。いつも以上のパワーも溢れていました。体力やパワーはまだしも、骨折が治るのは異常です。だから、それは《賢者ノ石》の力によるものだと思ったんです」


 うんうん、とメフィストフェレスは興味津々にうなずき、


「そうかそうか、そうだったか。見事なものだね、城那皐くんもボクも。狙い通りの結果が出たと喜ぶのが先か、それともキミに感謝をするのが先か。あるいはこの研究成果をまとめるのが先か」


 サツキが口を開く。


「研究成果をまとめるなら、俺からの報告を聞いてからにしたほうがいいですよ」

「確かにそうだった。すっかり結論を出してしまうところだったよ。それはいけないね。さて。キミからの報告を聞いてもいいのかな? 城那皐くん」


 答える前に、サツキは質問を挟む。


「その前に。狙いを教えてもらっていいですか? そうすれば、俺もよりよい回答ができるかもしれません」


 しかしメフィストフェレスは首を横に振った。


「あはははは。いや、いいんだ。キミは用心深く思慮深く、優しいのだね。でもボクはボクで考えをまとめていく。そうしないと、キミによってキミ自身の主観性を欠いてしまうことになりかねない。もしキミにも考えがあるなら、ボクとおもしろい対話をしたいというなら、キミ自身がボクの狙いを考えて、その上でキミの言葉を聞かせておくれ。さあ、どうぞ」


 少しばかりやりにくさを感じながらも、恩人の頼みだから、言われた通りにする。つまり、主観的な報告だ。


「俺は試合中、手首を折られたにもかかわらず、左の瞳がジンジンと熱くなり、手首が治っていきました。痛みも引いていった。ルカも言ったように、疲労が出てきてもそれが不思議と引いた。そして、魔力が自分でも制御できないほどに増幅していきました。かつてないほどのパワーでした。ただ、その溜めた魔力を解き放つと、すべての力を使い果たして倒れてしまうんじゃないかと思うほどのものを感じました。実際、最後に一撃を放ったあとは立っているのがやっとでした。試合後には、左目に感じる不思議な異物感も薄まっていますし、あの力はもう使えるかわからない。以上です」


 報告を聞き終え、メフィストフェレスは「へえ。ほうほう」とつぶやいた。


「キミの主観的な意見は大変参考になった。改善点なども発見できたが、まず伝えておこう。実験は成功だ。キミ以外の者に同じことをしても平気かはわからないが、キミは《賢者ノ石》を取り込める身体を持っている。《賢者ノ石》をコントロールするポテンシャルも秘めている。よかったよ。よかったね」


 サツキには、未だメフィストフェレスの狙いがわからない。


 ――この人は、道楽で俺に《賢者ノ石》の力を与えたのか。それとも、俺を利用してなにかさせるつもりだったのか。もしくは、それは現在進行形で、俺になにかさせる計画があるのか。なんなんだ……。


 警戒するサツキに、メフィストフェレスは笑いかけた。


「で、わかったかい? ボクの狙いってやつが」

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