22 『夕暮れは黄金の月を浮かべて終わる』

 青年と少女は王都の日暮れを歩いていた。

 夕陽が夜に隠されてゆく。


「トウリさま」


 薄紅色の着物の少女に袖を引かれ、トウリと呼ばれた青年は聞き返した。


「なんだい?」

「あの方は大丈夫でしょうか」


 不安そうな少女、名はウメノ。彼女が指差す先へとトウリは視線を移す。

 二人のすぐ横に広がる空き地の中で、粗大ゴミが捨てられた場所に、少年が倒れている。


「姫、おれたちがなにかできるかはわからない問題だ」

「でも……」

「こういうときこそ、おうまわりぐみの出番だよ」


 わずか三メートルばかりをウメノが走り寄り、トウリも足早に近寄った。

 少年は、ヒビの入った狐面を顔につけているが、横にずれている。口から血が垂れて、ボロボロだった。


「どうしましたか?」


 トウリが問いかけると、少年は虫の息で答える。


「人斬りに……会って……」

「人斬りぃ!?」


 ウメノは驚嘆していた。


「はい……あの、幕末の四大人斬りで……名を、ガモン……彼は、強すぎる……。巨大化させたぼくの剣を、小枝でも弾くように……軽々と。くそう……」


 怖がって困惑するウメノ。

 その横で、トウリは落ち着いた様子のまま振り返った。


「ああ、ちょうどよかった。見えました。王都見廻組――王都の治安維持組織です」


 トウリが一礼すると、提灯を手に持った二人組が近づいてきた。


「やあ、トウリさん。ウメノくんもいっしょか」


 そう言ったのは、おおうつひろ。頭にねじりハチマキをした四十七歳。別名を『おうばんにん』。黒い羽織がビシッとしていて粋だった。


「はい。こんばんは!」

「こんばんは。ヒロキさん、コウタさん」


 挨拶するウメノとトウリに、遅れて十七歳の少年がお辞儀した。


「こんばんは。トウリさん、ウメノちゃん」


 少年は、かくひらこう。新入りの見習い隊士で、やる気に満ちた爽やかな顔つきをしている。だが、コウタは横に倒れている少年を見て驚いていた。

 ヒロキが聞いた。


「こちらの少年は?」

「人斬りにやられたそうです。手当てしてあげてください」

「うん。そうしないといけないね。コウタくん、緊急手当てだ」

「はい! 臨床します!」


 返事をして、コウタは狐面の少年を臨床する。状態を見て、両手で円をつくる。


「《りんこうしょうどく》」


 円から光が発せられ、少年の傷口を照らしてゆく。


「終わりました。消毒はできたので、あとは自然治癒を待ってください。傷口から入ってしまったばい菌も消し去りました。肋骨が折れた他、皮膚の損傷がありますが、いずれも時間が解決してくれるでしょう」

「ありがとうコウタくん」

「さすがは『がくせん』ですね」


 トウリに褒められ、コウタが謙遜する。


「いいえ。医学の知識もまだまだです」

「キミ、名前は?」


 ヒロキに聞かれて、狐面の少年が答える。


うわ……じんろうです」

「うん。ジンゴロウくん。もう大丈夫だ」


 力強くうなずき、ヒロキはジンゴロウからトウリへと顔を向ける。


「さて、ジンゴロウくんは我々が引き取ろう。トウリさん、それでは明日頼みます」

「よろしくお願いします」


 ヒロキがジンゴロウをかつぎ、コウタからも頭を下げられたので、トウリは丁寧に会釈を返した。


「はい。こちらこそよろしくお願いします。それでは、失礼します」

「また明日です」


 ウメノもぺこりと頭を下げて、王都見廻組の二人とは別れた。

 歩きながら、ウメノがトウリを見上げて言った。


「この王都で、なにか大変なことが起こっているようですね」

「そうだね。幕末以来の騒乱と嘯く徒が王都の端々に至り、望まれないお祭りの様相を呈してる。今宵もなにかが起こるのは間違いない。でも、おれたちにはこのあと、そうくにとの会談がある。明日は王都見廻組の手伝いも控えているし、この一連のことに関わるのは表面的な解決後になるかもね」

「ヒロキさまたちのお手伝いでは、トウリさまは悪い人たちを良い人にするんでしたよね」

「そう。つまり、おれが関わるのはその段階だろうということさ」


 空はすっかり闇に包まれた。

 限りなく満月に近い黄金の月が浮かび、夜の灯りが燃え始める。

 めくるめく暗夜に踏み込み、トウリはつぶやく。


「どれだけの人間がこの物語に迷い込むのだろうね。王都の夜が創る、光と影の物語に」

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