175 『オフェンシブソード』

 ジェラルド騎士団長のバスターソードがミナトの身体を貫いた。


「《独裁剣ミリオレ・スパーダ》!」

「《てんいちもん》」


 一文字斬り。

 左から右に一閃する剣を一文字斬りというが、ミナトのそれは《瞬間移動》ならではの性質と組み合わさった技である。

 刃を抜いて斬りかかる直前、《瞬間移動》で空中に出現し、身体の向きが真横になっており、右側が下になる。身体の向きを空中で変えているので、剣尖が相手から見て天から地へと振り落とされるような軌道を描くのだ。

 上段から振り落とす真向斬りに比べ、腕を振り上げた際に身体を相手にさらしてしまうことがなく、モーションも小さく済み斬るまでの時間も短くなるが、反面、重力も加わって威力こそあるものの振りかぶるよりパワーは出ない。


 ――軌道修正は、相手もしなかった。守りを敷いた。でも、そのあとで守りを解いて捨て身の攻撃をしてきたってことか。考えもしなかった。


 この攻防で、ミナトとしてはサツキの回復後に二人で攻めかかるとき、それまでに少しでもジェラルド騎士団長を追い詰めておきたかった。

 ミナトが一人でも、少しでも、ジェラルド騎士団長を追い込めば、ジェラルド騎士団長はミナトへの警戒を強めることになり、そうなればサツキが動きやすくなる。

 しかしジェラルド騎士団長はそこまで待ってくれなかった。

 もう捨て身でミナトを攻略してきた。

 裏を返せば、すでにミナトへの警戒は彼の許容量を超え、サツキとの二対一に持ち込まれる前にミナトを始末しなければならないと思わせるほど、ミナトの実力を認めていたのだ。

 が。

 ミナトもただではやられない。


「仕留め損ねたか」


 ジェラルド騎士団長がつぶやく。

 声は揺るぎない強さを持っているが、ジェラルド騎士団長の右肩から真下に衣服が裂けていた。血飛沫からも身体には傷が走っているであろうことがわかる。だが、服の下に着込んでいた鎖かたびらなどの防具が傷を小さくしていた。ただし、足にその装備はないため、太ももからの出血は目立つ。幸いだったのは、広い肩幅のおかげで剣が太ももの端にしか届かなかった点である。

 それらの状況を確認して、


 ――まあ、軌道修正こそできなかったけど。僕だってサツキから情報はもらってたからね。ただやられるわけにはいかないよ。


 苦笑交じりに、ミナトは《瞬間移動》を駆使してサツキの横に舞い戻った。


「心臓をもってかれたらしい」

「そうか」

「僕の剣がもう少し遅かったら、振り切る前に左肩を貫かれていたよ」

「振りかぶっていたら間に合わなかったな」

「だね」


 サツキの横で話すミナトを見て、ジェラルド騎士団長はこう言った。


「心臓を貫かれてなお、驚きもしないのだな。貴様は」

「ええ。サツキが教えてくれたもので」

「いや、それもそうか。城那皐ならば、そこまで気づくか」

「それはそうと、あなたも甘いですね。魔法など使わず、ただ僕を殺すつもりで刺せばあなたの勝ちだったかもしれない。それなのに、手心を加えるんですから」

「ふん。手心などではない。我は命を奪うつもりもない。ただ貴様を制圧し、貴様らを通して王女たちから真実を聞きたいのだ。ブロッキニオ大臣をどう処すべきかも考えたいしな」

「困るなァ。敵の敵は味方って言葉を知らないんですかい?」

「まだブロッキニオ大臣が敵と決まったわけではない。貴様らとの間にすれ違いがあっただけやも知れんが、貴様らが悪でないとも言い切れん。なにより、我には貴様らを信じる根拠がない。勝たねば正義は示すこともできんのだ。つまり、貴様らは未だ悪でしかない。その悪を倒してこそ、我は貴様が言う真実を自らの判断で聞くことができる」

「反対に、僕らが勝てばあなたは僕らの言葉を飲まざるを得ない立場になる。納得のいく説明であろうとなかろうと、自分の意志に関係なく認めねばならない。けどそれじゃあ、あなたは自分自身が許せない。そんなところですか」


 自分で考えることを最初から放棄されてしまっては、自分で考える意志すら持たないに等しい。それは騎士団長の立場上、許されるはずもない。これは戒めであり、ジェラルド騎士団長にとって、勝つ以外に道はないのだ。


「その通りだ。ゆえに、我は必ず勝つ。我の手で貴様らに真実を話させる。真に国を想う心は我にあり」

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