47 『王都見廻組あるいは王都少女歌劇団』

 せいおうこく、王都。

 またの名を、あまみや

 世界最大の人口を有する都市であり、それゆえに多くの魔法に満ちた場所でもあり、世界最大の経済都市の一つである。

 爽やかな午前中。

 警察組織、『おうまわりぐみ』はパトロールしていた。


「今日は平和だな」

「そうですね」

「昨日の今日だからな。あのガモンという人斬りを捕まえるのにはわしでさえ手こずった」

「『ばくまつさいあく』、凶暴でした。彼、復讐をするとか言ってましたね」


 そんな会話をする二人と、少女二人組がすれ違う。

 同じデザインの服を着た見廻組の二人組は、昼間でも手には提灯がある。

 頭にねじりハチマキを巻いているのが、見廻組の組長『おうばんにんおおうつひろである。年は四十代後半になる。背は一七七センチほど。『おうてんのう』の一人で顔役でもある。

 もう片方は十代後半で、新人の『がくせんかくひらこうであった。

 ヒロキはあっさりとした調子で言った。


「困ったものだ。もちろん、復讐などさせないぞ。あの人斬りを倒すほどの剣士がいたことも驚きだが、ああした不届き者を王都にのさばらせないためにも、日々のパトロールが重要だとわしは思ってる」

「ぼくもそう思います」

「うん。いい心がけだ。わしらは玄内さんにもらった《ほうがた》があるからこそ、厄介な魔法の使い手から魔法を没収することができる。リョウメイさんも治安維持に力を貸してくれている。トウリさんも凶悪犯罪者の更生を請け負ってくれる。それでも、我々だって日々の鍛錬は欠かせないぞ。まずは戦う力があってこそだ」

「同感です」

「頼もしいなァ、コウタくんは」

「まだまだです」


 組長のヒロキは『王都の番人』として有名だが、コウタはまだまだ新人として学ぶ中にあった。

 彼ら見廻組とすれ違ったときに聞こえた会話について、額を出したポニーテールの少女が言った。



「リョウメイさんも有名だねえ」

「リョウメイさんは顔が広いもんね」


 と、隣にいる少女が苦笑する。肩にかかる程度の髪と気立てのよさそうな雰囲気がある。


「でもさ、人斬りでしょ? そのガモンって人。ウチ、全然知らなかったよ。なんか四月にもそんな事件があったよね」

「そうだね。コヤスちゃん、覚えてる? あのとき、リラちゃんと出会ったんだよ。アタシが怪我をして、リラちゃんが代わりに舞台に立ってくれた」

「ああ、そうだった。あと三日もすればもう九月になるし、あれから結構時間も経ったんだねえ」

「うん。サツキくんがあの王都の事件を推理したのには驚いたけど」

「またサツキくん? スダレも好きだねえ」

「え、ち、ちがうよ? ただ、なつかしいなって」

「まあね。でも、昨日ヒロキさんたち見廻組が捕まえたっていう人斬りなんてのも出て来たり、やっぱりこの天都ノ宮は不思議な都だよ」

「大きな都市だし、いろんな人が出入りするからね。アタシたちに関係ないところで、たくさんの事件があるんだよ」


 たちやすさわつじだれは、王都の街を歩いていた。

 二人は、王都少女歌劇団『はるぐみ』のメンバーである。

 コヤスが十七歳になる明るい性格の少女で、『じょゆう』と呼ばれる演技派。そのゆえんは、魔法《しょく》により食べた紙に書かれたものを覚えられる驚異的な記憶力にある。

 スダレは十六歳、町娘のような歌劇団らしくない親しみやすさが人気のポイントにもなっていて、やや控えめな雰囲気も愛される『おうまち』である。青い着物にはバラが描かれている。今年の春、スダレは王都で起こっていた怪盗事件の件でサツキとつながりができ、うらはまで初めてサツキと出会った。話をしてすぐにサツキを気に入って、サツキのことが気になっているのである。

 五人いる『春組』メンバーの中でも年齢的に真ん中の二人であった。

 買い物を済ませて寮に戻る。

 部屋の前で、スダレは姉の姿をみとめる。


「お姉ちゃん」

「早かったね、二人共。買い物ありがとう」


 王都少女歌劇団『春組』の花形スター、『はるぐみれいじんさわつじあさ。スダレの姉で十九歳。背は一七三センチと高めで、普段は男物の浴衣をまとっている。すみれのリボンが巻かれたハットも粋だった。


「部屋の前で待ってるなんて、どうしたの?」

「妹を待ってただけさ。と言いたいところだけど、リョウメイさんがお呼びだ。サザエのとこの喫茶店に行こう」

「うん」

「はーい。リョウメイさん、なんの用だろう。また錦鯉を売りに来たから手伝えってんじゃないよね?」


 素直なスダレとは反対に、コヤスは冗談を言って笑っている。


「大変なお仕事じゃなければいいなあ」

「あはは。大丈夫。オレたちへのお知らせと手紙が届いたって話みたいだからさ」

「じゃあ……」


 スダレが期待したように姉を見ると、アサリはキザに微笑んだ。


「ああ。サツキくんとリラからだ」

「会えたのかな……」


 それには答えず、アサリは二人の前を歩く。

 喫茶店『喫茶あいの』に到着すると、そこには仮面のようなメガネをつけた異風の青年が座っていた。

だいおんみょうやすかどりょうめい

 たけくにの軍監である。役職名はそうなのだが、実際に行う仕事は多岐にわたる。参謀的な役割も兼ねるし、晴和王国の四カ所を拠点に少年少女歌劇団を運営するアサリたちの監督役でもある。さらに別の商売もしながら、陰陽師としての活動もしている。年は二十四歳。

 しかし、アサリたちに声をかけたのは彼ではなかった。


「あら。来たのね。いらっしゃい」

「早く手紙読もうよー」


 うふふ、とおっとりやわらかに微笑むのは、『おうのマドンナ』あいざえ。『春組』のお姉さん的存在で、年はアサリと同じく最年長の十九歳。この喫茶店の娘である。

 隣のボーイッシュな少女は、『きたかんとういちばんぼしたかさきつき。最年少の十三歳。一人称が「ボク」で、半ズボンのような短い袴が特徴的である。

 五人がそろったことで、リョウメイは言った。


「うちのお知らせより手紙が気になるみたいやな。じゃあ、まずは読んでもらおうか」


 リョウメイが手紙を指で挟んで前に突き出すと、アサリが受け取った。


「これが理解できるか見ものやな」


 おかしそうに笑っているリョウメイには、いたずらっ子のような空気があり、アサリは内心で首をひねる。


 ――楽しそう……だな。


 アサリは封筒を開いた。


「三枚ほどある」


 テーブルに三枚を並べる。


「なんだこれは……」

「絵……?」


 未知のものに目をみはるアサリと、まだ描かれたものの意図がわからないスダレ。

 サザエはほっぺたに手を当てて微笑む。


「あらあら。かわいいじゃない」

「ちょって待って。文字も入ってるし、なんだか物語に見えるよ?」


 ホツキは顔を手紙に近づけてにらみ合う。


「確かに。これはあれだ。暗号的な」


 と、コヤスが曖昧なことを言う。

 それを無視して、ホツキはサザエにくっつきながら、


「ねえ、サザエ? なにかな?」

「なにかしらね~」


 楽しそうに微笑むサザエ。


「ちょっと無視しないでよ! で、リョウメイさん。これなんなんです?」


 コヤスがリョウメイに答えを聞く。


「手紙も読んでみ。マンガって書いてあるで。おもろいもん描く子や。いや、考えたのは少年探偵はんのほうがかもしれへんな」


 リョウメイは、サツキのことを少年探偵と呼んでいる。春に王都で話題になった怪盗事件を解き明かしてみせたことからそんな愛称を使っているのである。

 つまり、サツキがマンガというものを考えついて、リラが描いたことになる。


「マンガ……?」


 スダレが絵をじっと見てつぶやいた。

 手紙を前に、リョウメイが言った。


「みんなはサツキはんが王都で怪盗事件を暴いたことと、リラはんが姉を探す旅をしていて、途中で歌劇団のステージに協力してくれたことしか知らんかったな」


 アサリはうなずき、手紙に目を戻した。


「でも、それを読めば分かるってことですね。姉を探すリラと、偶然王都で出会ったサツキくん。なぜこの二人がいっしょに手紙を出したのか。そして、このマンガっていうのがなにを伝えるものなのかが」

「そや」


 と、リョウメイは短く答えた。

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