46 『演奏あるいは捜索』

 バンジョーは洗い物などの片づけを済ませると、海老川博士えびかわはかせの元に行き、魔力回復のお菓子をつくる魔法《りょく》を教わっていた。


「簡単な魔法だから、繰り返し練習するのが大事です」

「はいっす!」


 玄内はそれを横目に見ながら、海老川博士に相談されていた文書に目を通していた。

 そこへ、サツキがやってくる。海老川博士に報告しておいた。


「すみません。今いいですか?」

「どうぞ」

「今日の昼間、アルブレア王国騎士がこの島にいました」


 ミナトの件である。ミナトがアルブレア王国騎士を斬ったのだが、海老川博士には報告の義務があるだろう。

 部屋には玄内もいたため、自然二人に話すことになった。バンジョーは話を聞くこともできるが、《りょく》の魔法を練習中で聞いている様子もない。


「うおおおお!」


 と叫んで、手の中からお菓子を出そうと奮闘している。

 玄内が目を上げた。


「だとすりゃあ、蒸気船か潜水艦がこの島にあるな」

「ええ。そのことで、あとで船の回収をすべきかと思いました」

「死体は、自然の摂理として、ほかの動植物の食料になってしまうだろう。だが、船はそうそうなくならないしな」


 サツキと玄内の言葉を聞いて、海老川博士はうなずいた。


「では、あとで確認しておきましょう。私に任せてください。この島はぐるっと回れるほど小さいわけではありませんが、船がとめられる場所は限られてますからね。見つけたらお知らせします」

「俺たちも手伝わなくて大丈夫ですか?」

「効果的な方法もありますから」

「効果的な方法……?」


 サツキは首をひねったが、


「すみません。よろしくお願いします」


 と、すぐにお礼と共に頭を下げる。

 そこに玄内が口を挟んだ。


「悪い、サツキ。これはおれも確認したい」

「別行動は嫌ですよ」

「それはしない。弐番隊の二人が心配だからな。幸い、まだ裁判まで日数に余裕がある。三日間だけ、おれに時間をくれ」


 その間に船の解析をし、相手側の科学技術を把握しておきたいということだろう。それはできることならサツキからもお願いしたいことだった。

「はい」

「修業をしても身体を休めても遊んでも構わない。夜はおれとヒナとサツキで星の研究はするとして、昼間はやつらの船を解析する」

「わかりました」


 ということで、これから三日間、一行はしんりゅうじまにとどまることになった。サツキとしては、玄内と海老川博士の話し合いもあるだろうし明後日くらいに出発だと思っていたから、急にもうちょっと休暇をもらえた気分である。


「バンジョーさんに魔法を教えるのにも、明日一日では難しいかもしれませんからね。こちらとしても助かります」


 海老川博士がそう言ってバンジョーを見ると、バンジョーは一生懸命に打ち込んでいた。ただ、熱が入りすぎて、


「うおおりゃあああああ!」

「うるせえ!」


 叫んでいるところを、玄内に叱られている。


「押忍!」

「よし」

「……」


 サツキはなんとも言えずに二人を見たあと、海老川博士に言われる。


「そういうことでしたら、もう船を探し始めた方がいいかもしれませんね。ちょっと今から恐竜を呼んで探してもらおうと思うのですが、どんな恐竜がいるのか見てみますか?」


 そう尋ねられ、サツキはわくわくを顔には出さずにうなずいた。


「はい。気になります」

「私の魔法《動物ノ森けものふれんず》には、別のチカラもあるのです」


 海老川博士はにっこりと笑い、手近にあったギターを手に取った。

 サツキは海老川博士に聞く。


「あの。ミナトも連れてきていいですか?」

「もちろん。外で待ってます」


 そう言って、海老川博士は玄内とバンジョーを引き連れて外に出る。

 サツキは、急いで部屋に戻ると、ミナトに声をかける。


「ミナト」


 読書していたらしい。顔をあげる。


「おや。どうしたんだい?」

「海老川博士が恐竜を集めてくれるそうだ。行くか?」

「もちろん」


 ミナトは笑顔で答えると、サツキも笑顔で見返す。

「急げ」とミナトが駆け出し、サツキも「外だぞ」とミナトの横に並ぶ。競争するように走って、バタバタと外に出る。

 外は静かだった。

 街の明かりもないから、夜の闇は深い。

 木々も高いし、湖が半月と星空を映し出すのがよく目立つ。

 ゆっくりと海老川博士たちの元まで歩きながら、ミナトが景色を見て言った。


「雰囲気だねえ」

「うむ。風流だ」


 草木も眠る時間。

「来たな、ミナト」とバンジョーがニッと笑う。

 二人の到着に、海老川博士はにこりと微笑み、


「さて。始めましょうか」


 とギターを構える。


「では、お聞きください。《皆集まれみんなあつまれ》」


 海老川博士はギターをかき鳴らした。

 サツキが想像していたよりも穏やかで静かな演奏である。この音でどれだけの範囲に届くのだろうかと不安になるほど、優しくて小さい。

 音楽が始まって十秒とせず……

 近くの茂みが、ガサガサと揺れた。


「お?」


 バンジョーが顔を向けると。

 ひょっこりと小さな恐竜が顔を出す。ミクロケラトゥスのような小さな恐竜だった。

 さらに、一匹、二匹と姿を現し、二分と演奏しないうちに二十匹ほどの恐竜が海老川博士の周囲に集まってきて、演奏に聞き入っている。エオシノプテリクスのような最小クラスの恐竜から、ミクロラプトル、インロング、パキケファロサウルス、バリオニクス、パラサウロロフスなどに似た多様な恐竜たちが並んでいる。


「すげえええ! な? サツキ!」

「うむ。すごい」

「いなせだねえ。演奏も恐竜も」

「少しは静かにすべきでござろう」


 と、フウサイがサツキの影から出てきてバンジョーを注意する。バンジョーは小躍りをやめて、


「なんだと。やるか?」


 とフウサイに顔を近づける。


「やめろと言っているのでござるが。あまりうるさくすると、恐竜たちが逃げてしまうでござる」

「大丈夫だろ。なあ?」


 近くにいる小型の恐竜にバンジョーが話しかけると、人懐っこい恐竜が「きゅう」と鳴いて答えた。


「ほらな」

「ふん」


 フウサイなりに気を遣ったのだが、ここにいる恐竜は人懐っこい子が多いのかもしれない。

 海老川博士は優しい微笑みで、


「少しくらいなら賑やかにしていても大丈夫ですよ」

「少しくらいなら、でござるな」


 チラとフウサイに一瞥され、バンジョーが腰に手をやって笑う。


「な? 大丈夫だろ」


 サツキとミナトは、そんな二人を見ておかしくなって笑った。

 ギターを鳴らしながら、海老川博士はサツキとミナトとフウサイとバンジョーと玄内の五人に説明する。


「《皆集まれみんなあつまれ》は、近くにいる動物たちを集める曲です」

「ほう。面白い。恐竜研究にはうってつけの能力だな」


 玄内が感心する。


「他にも、近くにいる動物たちを眠らせる《転た寝ノ夢うたたねのゆめ》、近くにいる動物たちをすくませる《怖い歌こわいうた》などがあります。これらの曲は、ギターを弾くことで効果を発揮するので、こうしてギターを弾いているのです」


 海老川博士は恐竜たちの顔を見回し、ギターの手を止めた。


「こんなところでしょうかね」


 集まってきたのは、全部で三十匹以上はいる。種類は様々で大きい子も小さい子もいた。

 サツキはたくさんの恐竜たちを見て、


「近くにもこんなに恐竜がいるんですね」

「はい。寝ている子もいますし、本来はもう少し範囲を広げられるのですが、今はこれで十分と思いまして」


 海老川博士は恐竜たちに呼びかける。


「さあ、みんな。この島に、私以外の者の船があるそうです。それを見つけてきてもらえませんか?」


 恐竜たちは博士の言葉を聞いたあと、しっかりとうなずいて、静かに森の闇に消えていった。


「がんばれよー!」


 バンジョーが手を振っていた。


「素敵な演奏でした。船の捜索も助かります」

「いええ。私のギターは、下手の横好きというやつです。それに、船を探すのは恐竜たちですから、あの子たちが報告に来てくれたらその時お礼を言ってやってください」

「だな。今日は遅い。おまえらも、もう寝るといい」


 玄内に促され、最初にバンジョーが条件反射の速さで返事をする。


「押忍!」

「わかりました」

「おやすみなさい」

「失礼するでござる」

「海老川博士。朝飯の支度はオレがするんで」


 こうして、サツキとミナトとフウサイとバンジョーは部屋に戻ったのだった。

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