45 『食後あるいは書架』

 夕食は賑やかだった。いつもこの人数がいればそれだけで賑やかにもなるものだが、周囲を気にせず家の中で過ごせる上に、海老川博士えびかわはかせがたくさんの食材も用意してくれていたから、バンジョーが張り切って豪華な食事をつくってくれた。

 だれかの誕生日でもないのにパーティーのようだった。

 明日の旅に備える必要もないため、食後はみんながゆったりとくつろげるとあって、なんの憂いもない。

 しんりゅうじまでの最初の夜がふけてゆく。

 食後。

 リビングルームから玄内と海老川博士が去り、部屋で研究の話をするようだった。

 片づけはバンジョーがすると申し出て、ほかの面々はそれぞれが部屋に戻る。

 サツキはミナトと二人部屋だから、二人それぞれのベッドに横になりながら、明日の話をした。


「ねえ、サツキ。明日は恐竜を見つけに行こう」

「いいな」

「今日もいろいろ見たけどさ、もっと大きい恐竜だっていると思うんだ。この島も広いみたいだしね」

「確かに、この島は思った以上に大きいよな」

「うん、一日中探険しても足りないよ」

「話に聞く限り、俺のいた世界の東京よりも広いんだから一ヶ月あっても探索しきるのは難しいぞ」

「そんなに広かったのかァ」


 ぼんやりとだが、サツキの世界についても聞き知っているミナトにはわかる。王都とくにを合わせたくらいには広いのだ。


「明日が楽しみだねえ」

「うむ。あと、広いといえばこの家もじゃないか?」

「この家? 温泉があるから?」

「それもある。けど、二階建てで生活スペースはある程度決まってるし、まだ使われてない部屋があるはずだ」

「研究用じゃないかな。玄内先生も無駄なスペースを《げんくうかん》に持ってるよ」

「俺もそれは考えたけど、発明家じゃないしな……」

「生物の博士だと、標本がたくさんあるとか、化石をたくさん保管してるとか」

「なるほど。ありそうだ。ちょっと見たいな」

「やめておきなよ」


 おかしそうに笑うミナトに、サツキは小首をかしげた。


「なぜかね?」

「キミは知的好奇心が旺盛だから、生物マニアの海老川博士もうれしくなって熱心に紹介してくれるだろう」

「それは俺にも海老川博士にも良い事だと思うが」

「いやあ、二人にとってはよくても、玄内先生は退屈してしまう。あのお方が話したいことがあって海老川博士と部屋を同じくしてるのに、邪魔しちゃうよ。まあ、玄内先生もあれで中身はキミと似たようなものだから、いっしょになって化石のこととか質問攻めにもしそうだけど」


 そこまで言われて、確かにそうだと思い、サツキは笑った。ミナトもまた笑って、明日の話を続けた。明日はどんな恐竜が見られるだろうか。




 そんな二人の裏で、ルカは海老川博士と玄内のいる部屋のドアをノックした。

 ルカです、と声をかけて、海老川博士から「どうぞ」と返事がある。

 ドアを開けると、二人は書物やら研究が書かれた何枚もの紙を広げて話していた。


「お忙しいところ申し訳ありません」

「いいえ。なにかありましたか?」


 海老川博士が優しい顔で問いかける。


「この家についてです。温泉に入っているとき、チナミ……さんに聞きました。書架があるそうですね」

「そうなんです」

「そこには薬学の本や歴史の本など、生物学の本以外にもいろいろあるから、読ませてもらうといいと言ってもらって――」

「なるほど。もちろん構いません。どうぞご案内します」


 ルカは、頭を下げる前に、もう一つ願い出る。


「すみません。ほかにも、まだあって……私は、玄内先生に別空間とつなげるドアノブを扱う魔法をいただきました。それを使うことで、この家とドアノブをつなげることができます。最近、サツキも私の本はあらかた読んでしまったので、ずうずうしいお願いになりますが、この書架とドアノブをつなげてもよろしいでしょうか」


 玄内がさらりと補足する。


「《拡張扉サイドルーム》って魔法です。レバー式のドアノブを壁に取りつけるとドアができる。ドアの先には部屋ができる。四次元空間を利用するため、壁の裏面にはなんもない。こいつのおかげであれだけの人数を抱えるえいぐみが馬車で生活できているといえる。部屋にはドアノブによる色分けがあり、広さの違いにもなっている。さらに、黒いドアノブが今の話になります」

「《黒色ノ部屋ブラックルーム》は、玄内先生の別荘とつながっているんです。家にアクセスできるので、いつでもせいおうこくの水が飲めますし、料理やお風呂もあります」

「昨晩、バンジョーさんがそちらで料理をつくって振る舞ってくれましたね」


 と海老川博士も理解を示す。

 玄内は表情にはなんの色も浮かべず、


「おれとしては、もし許可してくださるなら、サツキのためにもおれからもお願いします。ただ、このことはサツキにもチナミにも、ほかの士衛組のやつらには教えないほうがいいとも思ってる」


 うなずきつつ話を聞いていた海老川博士だが、


「こちらとしては、みんなに教えて、いつでも自由に温泉でもなんでも使ってくれていいんですがね。孫に会えたら私もうれしい。しかし、いつでも帰れる場所を用意してしまうのも、気持ちの面からよくないのも事実。安心感は時に人を弱くもします。玄内さんの案が適切でしょう」


 と言った。

 ルカとしても、ここで温泉を借りるつもりもくつろぐつもりもない。気持ちの面の話もよくわかる。だから、二人の判断と海老川博士の厚意に感謝した。


「ありがとうございます!」

「おれからもお礼を申し上げます」


 そんなルカと玄内に、海老川博士は優しく微笑んだ。

 そのあと、ルカは書架を訪れた。

 まるで図書館のようで、ここだけは完全に洋風だった。大きな街でもないと、これほどたくさんの本を所蔵する図書館もないのではないだろうか。


「地下への階段もありますが……」

「はい。地下は化石や生物の標本、採取した生物の保管場所になっています。そちらもお好きに見ていいですよ」


 海老川博士はすぐにきびすを返す。


「ルカさん、あとはご自由に。私はまた玄内さんと研究がありますので」

「はい」


 ひとり書架に残ったルカは、本棚を間を渡り歩いた。

 本当にいろんな本がある。それもたくさんある。


「私のためでもあるけれど、サツキのためになってくれたら……」


 いつも、ルカは自分や両親の本をサツキに貸してやっていた。どんな本が読みたいか尋ね、それに合う本を《お取り寄せ》の魔法で自宅から引っ張り出す。この魔法はルカに所有権があるか、他者のものであっても許可を得ているか、いずれかの条件を満たせば、あとは場所さえわかっていれば遠く離れたところのものも取り寄せられる。

 これでサツキに本をチョイスして貸していたのだが、そろそろ未読の本も減ってきた。

 今後、この書架が借りられるのはありがたい。

 ルカは歴史の本を手に取った。


「すべては、サツキのため」

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