44 『サツキとリラの漫画づくりあるいは世界創造』
ミナトと入れ違いで部屋を訪ねてきたリラは、さっそくサツキの書いた小説を見せてもらう。
形としてはその小説を二人でコマ割りまで考えて、リラが絵をつけてゆく。
その工程が、リラは大好きだった。
マンガ作りがわくわくするのもある。だがほかにも、サツキのものの考えや意外な優しさなど、普段しゃべるだけでは見えない部分が見えるときでもあるのだ。肩を寄せ合ってする作業も、わくわくと違った心臓の高鳴りがある。ドキドキする。
でもその前に、まずはサツキが書いたものを、リラは読んだ。感想を述べる。
「とてもおもしろかったです。特に主人公が仲間たちと――」
リラは思ったままに語った。
一通り感想を聞いたあと、サツキは聞いた。
「ここをこうするとおもしろいとか、なにかないか?」
「いいえ。サツキ様の描く世界も、キャラクターも、みんな大好き。お話は続きが気になりますし、恋模様もドキドキします」
と答えて、リラはちょっと意地悪を言いたくなった。
「あ、でも」
「なんだ?」
「ヒロインがとっても魅力的なんですけど、なんとなくお姉様に似ています。せっかくなら、リラをモデルにしてほしいな」
と、リラは上目にサツキを見た。
サツキの書く話は、なんとなく主人公はサツキに似ているし、ヒロインがクコに似ている。
――お姉様はとっても魅力いっぱいで、リラも大好き。でも……。
と、つい思ってしまうのだ。
今この作品をいっしょにつくっているのは自分なのだから、自分をモデルにしたヒロインと恋愛したものを読んでみたい。もっと自分と向き合ってほしい。サツキが書く自分を見て見たい。
このリラの気持ちに、サツキは気づかない。
むしろ、ヒロインがクコに似ていると指摘され、自分ではゆめにも思ってなかったことを指摘されたかのように狼狽していた。顔を赤らめてそっぽを向き、咳払いして言った。
「ひとまず、べ、別に、だれかをイメージしたわけではないのだ」
どうだろう、とリラは思うが、今の慌てぶりを見るに、本当に意識はしていなかったのかな、とも思われた。そうなると意地悪を言うのも可哀想で、リラは苦笑して、
「そうでしたか」
「うむ。俺の知ってるマンガなんかだと、主人公に想いを寄せるヒロインが複数人いることも多いんだ。ヒロインが二人のダブルヒロインとか鉄板だな」
「では、サツキ様。もうひとり出してくださる?」
と、期待する眼差しを向けられ、サツキはうなずいた。
「構わないぞ」
「リラをイメージして書いてください」
「そうしよう」
サツキが内心で慌てている間に、そんな話になってしまった。
実際、サツキは自分でもそのあたりの繊細な感情はわかってないから、こんなときは赤面するしかできなくても仕方ないだろう。
――サツキ様から見たリラは、どんな風に見えているのかしら。ずっと気になってた。
それを、作品というフィルターを通してでも知りたかった。まだ、自分から直接聞くなんてできないから。
そのあとも、二人はマンガ用のコマ割りを考えて、マンガの下書き――つまりネームをつくった。
リラはそれを大事そうに持って、
「できたら見せにきます。サツキ様のお話、続きも楽しみにしてますね。新しいヒロインも期待しています」
「うむ」
「ふふ。リラとサツキ様の世界が、想像力でぐんぐん膨らんでゆくようです」
「そうか」
サツキが微笑したところで。
トントン、とドアがノックされた。
「サツキ様、ご夕食ができたそうです。お茶の間までいらしてくださいね」
クコがドア越しに、夕飯の報告をした。
「わかった。すぐに行く」
サツキの返事を聞いてそのまま去ってゆくクコだったが、リラはまた苦笑を浮かべて、
「では、行きましょうか。あんまり独り占めしてはいけませんもの」
「行くか」
リラの苦笑の意味も、独り占めの意味もわからないサツキであった。
クコだけでなく、士衛組のみんながサツキを好きで大事に思っている。きっと今もお茶の間でサツキの登場を待っていることだろう。
――ただ、士衛組の女の子たちの中で、お姉様だけがサツキ様への好意を自覚していないのがリラにはもどかしくも安心するところ。今のうちに、もっとサツキ様と仲良くならないと。
ちらりと見上げたサツキの横顔は、まじめな考え事をしているようだった。
――リラはみんなより出遅れちゃったから、最短距離で想いを伝えたい。まだ、勇気はないけど……。
一方のサツキは、リラの絵について考えている。マンガの絵の可能性についてである。
――きっと、マンガのデフォルメ絵がうまく描けるようになれば、実物を描くよりも実戦向きの創造ができる。
デフォルメしても機能を維持してあれば、それで構わない。もしそれが実現されれば、びっくりするようなポップな世界をリラが創造してしまうことになるが、それも一興。
また、戦術にどう活かせるか、サツキには考えるべきことが山ほどある。
――アルブレア王国側が科学技術を発展させても、リラの絵の魔法が進化すれば……。
おそらく、士衛組にとって決戦の行く末を左右する武器になるだろう。引いては、戦後の世界をリラひとりが創造してしまうことさえもあり得る。マンガやアニメのような世界を。
サツキとリラを創造主とした世界であれば、サツキのいた世界に技術的に近づきつつ、まったく別のこともできるし、可能性は無限に広がる。だが、まずは戦いに備えたアイデアを考えるだけだ。
サツキとリラは部屋を出た。
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