43 『小説を書くあるいは読む』

 クコたちが温泉に入っている間――。

 サツキとミナトが泊まる部屋では、サツキがひとりで書きものをしていた。

 そこへ、バンジョーの料理の試食を終えて、ミナトがひと休みに戻ってきた。


「おや。大先生が執筆なさってる」

「べ、別にこれは……」


 と、サツキが書いているものを隠そうとするが、ミナトはもう反対側に回り込んで、サツキの書いたものに目を走らせている。


「ほほう。これはまた、壮大なものだ」

「見るな」


 サツキは耳を真っ赤にして声を発するが、ミナトは平気で読む。


「へえ。さすがは大先生です。これは小説なんかではなく、もう大説と言ってやらなきゃ作品が可哀想だ」


 実は、サツキが書いていたのは小説である。それも、ただ趣味で書いているものではない。マンガに興味を持ったリラが、


「あの、サツキ様? リラにも描けるでしょうか、マンガ」


 と言うので、サツキが頭を絞った。


「マンガを描くには、話を書けないといけない。リラは、物語を書けるか?」

「いいえ。サツキ様から聞いたお話がおもしろくて、リラも書いてみたくなったもので。よかったらサツキ様、書いてくださる? それにリラが絵をつけます」


 サツキは困ったが、原作とマンガが分かれた作品、という形式をすぐに着想してみせたリラには、少なくともマンガを描く才能があると思い、了承した。


「わかった。マンガの絵を描くことで、リラも魔法の上達にもなるかもしれないしな」

「うれしい。ありがとうございます」

「だが、期待はするなよ? 俺は話など書いたことないからな」


 ということがあり、サツキが話を書いて、絵をリラが描くようになった。それも出会ってからまだそれほど長くはないので、こうして昨夜もいっしょの部屋になったミナトには見つかってしまったわけである。

 現在、これを知っているのはサツキとリラのほかは、ミナトだけだ。

 そして、サツキは書いたものを見られることを、恥ずかしがっている。

 ミナトにとって――サツキは普段から頭が冴えて鋭さもある反面、クールな割にユーモアも通じるしおもしろみもある。ミナトには楽しい相手なのだが、ミナトが思うにサツキが持っている可愛げはこの照れた顔が一番だった。


「ただの小説だ」

「いいや。立派な大河小説さ。ストーリーもスケールが大きい」

「……」


 褒められて少し照れくさそうなサツキである。


「ほう。ちゃんと続きもあるね」


 どうやら昨夜ミナトが読んだ物語の続きも書かれていた。

 ミナトは作品の続きを読みながら、声を殺して笑った。


「キャラクターがみな、生き生きしている」


 しかも、ヒロインの心情までちゃんと丁寧に書いてあるのだ。自分の周りの恋愛模様にすら気づかないこの鈍感少年が書くのだからおかしい。いや、サツキのことは、硬派と言ってやったほうが親切だろうか、とミナトは思い直す。

 内容は、サツキがいた世界の日本史を元にしてアレンジしている。戦国時代が舞台で、まだ書き始めたばかりだが、登場人物も多い。

 このような世界にいておもしろい小説を読んだことなどなかったミナトでも、サツキの書く物語はつい引き込まれてしまう。たくさんいる登場人物たちを描く分析力と観察力、そして視野の広さも、サツキならではと思えてしまう。


「こんなにも多くの人数を書き上げるのもすごいなあ」

「……ミナトは、どのキャラクターが好きだ?」


 ――サツキ、期待してるな。


 もじもじと少女のように聞くサツキが可愛らしくて、ミナトは笑いをこらえながら答えてやった。


「やはり主人公がステキだな。一本筋が通って、かっこいいサムライを体現している」

「そうか」


 と、サツキはうれしそうに口元をゆるめた。


 ――サツキに似て、まっすぐでひたむきで、好きだ。


 しかし、文章が堅苦しい。サツキらしくはあるが、リラもよくあんなに純粋に楽しそうに待ち望んでいるものだと感心する。

 ミナトは部屋を出ようときびすを返す。


「大先生の邪魔をしちゃあ悪い。僕はひとりこっそり修業しているフウサイさんにちょっかい出してきますので、ご執筆に集中なさってください」

「変な気を遣うな。俺が書いてるのは、たいしたものじゃない」

「ふふ。熱心な愛好家までいらっしゃるのにご謙遜を。待ってる人のためにも、奮励なさってくださいな」

「まったく」


 馬鹿にして、とサツキも思うのだが、読んでくれて感想をくれるミナトの存在に悪い気はしない。

 ミナトがドアを開けると、ちょうどリラがいた。


 ――ああ、愛好家がきた。


 と思って、ミナトはサツキを振り返る。


「では、ごゆっくり」

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