11 『変な子だなあ』
晴和王国、
人々に王都と呼ばれる世界最大のこの都市では、創暦一五七二年四月十日現在、数多くの道場があった。
道場は武道の稽古場のみにあらず、学問のための場所でもあった。
いわゆる学校としての側面も持ち、あるいは塾としての学び舎でもある。江戸時代の寺子屋にも近い。
そこにはむろん稀代の剣術家や人並み外れた実力を知られた武闘家も存在し、道場破りも存在する。
剣術家、『
「いなせだねえ」
少年は、道場の佇まいを見てつぶやいた。
派手な造りではないが、長い年月そこにあり続けた厳かさがうかがえる。
「しかしリョウメイさんも情報通だなあ。有名人らしいけど、僕はまるで知らないや」
後ろで一つに束ねた髪がさらさらと風に揺れる。
白い羽織の袖は浅葱色のだんだら模様が刻まれ、腰には刀が差してある。
背は一六二センチ。今年十三歳になる。
涼やかな瞳を道場の庭先に向けて、ミナトは呼びかけた。
「すみません。道場破りにまいりました。
少し待つと、ミナトと変わらないくらいの年頃の少年が出てきた。
「これはこれは。声からあと一つ二つは上かと思えば、わたしと変わりない年頃で。すみませんが、師匠は出ております。今度海の外に出るとかで、いつ戻られるのかもわかりません。一年はかかるだろうとのことです」
さすがに道場破りの対応にも慣れたものらしい。
ミナトはあっさりと引き下がる。
「そうでしたか。これは失礼しました。では」
「お気をつけて」
てくてくとミナトは歩いてゆく。
門下生はそんなミナトの背中を眺め、ひとりごつ。
「変な子だなあ。ゆるくてふわふわしてるし、飄々としすぎてる。やる気あるのかな。まあいいか」
彼が言うように、ミナトがわざわざ顔を出しておいてこうも未練もなく立ち去るのには理由がある。
「僕は、最強の騎士、『
懐から船のチケットを取り出してみる。
この道場を立ち去る理由がある。裏を返せば、佐垣真峰にこだわる理由がないともいえた。
ただ、ミナトは思い出す。
「ああ、そうだった。忘れてた。リョウメイさんは、三日は王都に留まっておくようにって言ってたなァ。いやあ、まいったなあ」
チケットを懐にしまい直し、ぐるりと見回す。
「どうも僕は少しばかり方向音痴らしい。この道場を見つけるのに二日かかったが、今はここがどこだかわからないや」
ぼんやり歩いていると、日も暮れてきた。
今夜はこの辺りで泊まることにして、ミナトは宿に入った。
夕陽の赤い日射しが入る食堂で夕食を食べていると、隣に体格のいい青年が座った。
入れ替わりにミナトが立ち上がって、
「よし。修業だ」
そうつぶやくと、青年は声をかけてきた。
「なんだ。今から修業か?」
「ええ」
「えらいなあ。おれは家が大工でさ」
「はあ」
急に話し始めた相手に、ミナトは不思議そうに相槌を打った。
「おれのじいさんが大工の棟梁で、父さんもそれを継いだんだ。それで、おれもいずれ大工の棟梁になるべく、修業のために王都まで来てるってわけさ」
「そちらも精が出ますね」
「おう。だからおれはキミのことが気に入って親切で言うんだけど、夜は外で修業しないほうがいい。庭からは出ないことだよ。見たところ、キミは剣士だろう?」
「はい。旅の剣士で、
「そうか、ミナトくん。おれは
ミチタカがポケットから出したのは、目薬のようだった。
「目薬ですか」
「《
「ありがとうございます。しかし、よく食べますねえ」
ミナトは感心してミチタカの食事に目をやる。
会話中も、ミチタカはずっと食べていた。しかもまだ食べ続けている。もう五人前は食べているだろう。
「これはおれの家系の魔法で、《
「素敵な魔法だなァ。食べっぷりがいい人を見るのは気持ちがいいもんです」
「ひいじいさんは九十近い今でも米とフキばっかり滅茶苦茶食べるんだけど、おれはまだまだだよ。食うほうでもたくさんいけるように修業の日々さ」
「僕もそんな魔法があれば空腹も気にせず修業できるなァ。うらやましい魔法です。お互い精進しましょう」
「おう。応援してるぜ」
「はい。それでは」
ミナトはそれから、真っ暗になるまで素振りを続けた。さっきもらった《暗視目薬》のおかげで視界も悪くない。真っ暗になったあとも時間を忘れたみたいに何百何千と剣を振り、空腹も忘れて汗を流し、手がしびれた頃になってようやく剣を下ろして、長く息をつく。月を見上げてつぶやいた。
「ああ。もう暗くなってる。まいったなァ」
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