星降高原編
1 『夢×冒険』
きらめく朝日に照らされた道を歩く。
クコは、新しい街に出会うドキドキに胸をふくらませている。
――始まったばかりの旅。これから、サツキ様といろんなところに行きたいですね。泣いて笑って、ずっといっしょに進んでいけたら……。
そんな夢のつぼみを芽生えさせ、サツキを見る。
隣にはサツキがいる。それだけで幸せだった。
――あ。村が見えました。
田畑が広がるあぜ道を進んだ先に、村がある。
この辺りは山や森に囲まれているが、村の手前までの道は、脇が田畑になっていた。もし騎士が来ようものなら、田畑に逃げるしかない。
しかし、追っ手もサツキとクコがどこの出口からどの道へ逃げたのか、知るよしもない。
知っているとすれば、
村に到着するまで、のどかなものだった。
朝の八時頃。
サツキとクコは村に入った。
「(わたしがサツキ様をお迎えに上がるまでに、この村は通りませんでした。雰囲気のよい村ですね)」
まるで昔の日本の町だ、とサツキは思った。
「(なんだか安心するよ)」
「(星降ノ滝を擁する
「(活気のある村だな)」
「(世界樹に近いことから『
この時間、朝早くから村人は活動を始めていた。それほど大きな村ではないようだが、人の通りもあるし、衣服を整えるのにもよさそうだった。
が。
二人手をつないで歩いていると、やけに周囲から視線を感じる。
「(サツキ様?)」
「(ああ。クコも気づいたか)」
「(やけに視線を感じます。わたしたち、なにか目立つ点でもあるでしょうか?)」
「(俺の服装か)」
「(いいえ、わたしのことも見ています)」
「(ふむ。あとはクコをアルブレア王国の王女と知ってのことか……。しかし、妙だな。こちらを見る顔がなぜか笑顔だ)」
「(ええ。微笑ましそうといいますか、不思議です)」
悪意は感じられないし、それらの視線は無視した。じきにわかることもあろう。
少し歩いて、サツキの着替えのための服屋を探す。
「(さあ。まずは服屋さんです。わたしが見立てて差し上げます)」
うふふ、と微笑むクコ。
サツキはそんなクコの顔を見て、
「(なんだか楽しそうだな)」
「(実はわたし、だれかの衣装を選んだことがないんです。だから少し楽しみでして)」
「(そうか。まあ、なるべくこの世界に溶け込めて自然なものを頼むよ)」
「(はい! お任せください、サツキ様)」
それより、また自分たちを見る視線が増えた気がした。
――この視線が意味するところは……わからない。
サツキにも解けない謎だった。
一度、サツキは気にしないことにした。
「(ええ。気にしても仕方ありません)」
クコにもそう言われて、サツキは考えるのをやめた。
そして、十数歩歩いた場所にあった服屋の前で、足を止める。
「(ここがいいですね)」
すると、店先に出てきた服屋の主人が楽しげに笑って言った。
「おう。お二人サン。見ていくかい?」
「はい。見せていただいてもよろしいですか?」
クコが尋ねると、服屋の主人は大仰にうなずいた。
「もちろんさ」
「ありがとうございます」
「嬢ちゃんの服かい?」
「いいえ」
「じゃあ坊ちゃんのか。いいねー。さっきからずっと手をつないでにこにこ微笑み合って、服も選んであるげるのかい。仲がいいこって。さあ、入っておくれ」
そこまで言われて、二人はようやく気づいた。なぜ、村の人たちがずっと自分たちを微笑ましそうに見ていたのかを。
クコは顔を赤くした。耳も熱い。
「(まだ十三、四歳の男の子と女の子が手をつないで無言で微笑み合っているように見えていたのですね。どおりであたたかい視線を感じたわけです。なんだか、変に照れてしまいますね)」
考えていることがサツキにも伝わり、声をかけられる。
「(一旦、村を出るまで外で手をつなぐのはなしでいくか)」
「(はい。人前では普通にしゃべりましょう)」
二人そろって手を離して、チラとサツキを見ると、どうやらサツキも照れて顔を赤くしているようだった。クコは内心くすりと笑う。
――サツキ様、照れてる。かわいい。サツキ様はいつも冷静で大人びて見えることもありますが、やっぱりわたしと変わらないんですね。
そう思うと、クコは隣にいる男の子に対して急に庇護欲をそそられた。普段は凛としていて、その姿とギャップがあったせいだろうか。あるいは、この世界中で、この子の頼るアテがクコたった一人しかいないせいだろうか。意外と照れ屋で不器用な面もあると知り、つい面倒をみてやらねばと感じた。王女という身分でありながら、世話を焼くのが好きなたちなのである。特にこの硬派とうぶを足して二で割ったような性格のサツキにはその気持ちが強く働いてしまった。
服屋の主人に案内されて、二人で店内を見て回る。
「どれもステキです。わたしの国のものとは違っていて、見ているだけで楽しいですね」
「そうか」
「わたし、晴和王国の衣装や工芸品などの文化が好きなんです。母がこの国の出身なので、その影響でしょうか」
「へえ。そうだったんだな」
「はい。もっとたどれば、曾祖父も晴和人だったそうです。わたしについては、またあとでゆっくりお話しさせてください」
「うむ。聞かせてくれ」
「はい」
バスタークたちクコを追う騎士はみな西洋風の顔立ちだったが、クコはどうも日本人的な顔をしていると思っていた。その理由がわかり、サツキは納得した。髪や瞳の色を除けば、この村の人々同様に晴和王国の人間に見えることだろう。もっとも、この晴和王国の村でさえ、髪や瞳の色もサツキの元いた世界よりもバリエーションが豊かに思えるが。
「そうだ。クコ」
呼ばれて、クコはサツキの顔を見る。
「はい。なんです?」
「国によって、目立つ服装ってあるのか?」
「なるほど、お国による風習や傾向はどうかということですね」
「アルブレア王国まで行くなら、どの国でも目立たないほうがいい」
「それは、あまり気にしなくてもよいと思いますよ。晴和王国は極東ですからあまり他国の人間が多くありませんが、それでもあまり気にされませんし、一度海の外に出ればいろんな国の人が闊歩しています」
大げさに多いというほどではないが、外国人の存在が気にならない程度ってことだろう。
「この世界のどこの国にもない、先進的な衣装でなければ大丈夫です」
「つまり、この服みたいにな」
と、サツキは苦笑した。
「ふふ。それはそれでわたしは好きですよ。シャツやスーツならメラキアという国が最先端ですしね。でも、せっかくなら選びましょう」
詰め襟の学生服はこの世界では見られない衣装なのだろう。
サツキはクコが楽しげに選ぶのに付き合うような形で、いろんな服を見た。着物やちょっとした西洋風味の衣装などもあったが、中でもクコが気に入ったのが黒いマントである。裏面は緋色になっていた。
「黒くて凛々しいそのお洋服と、鮮やかな緋色のマントがサツキ様によく似合っています。完璧ですね」
鏡を見る。マントを羽織っているので、学ランに外套を合わせた昔の学生の風情がある。
「うむ、悪くないな。戦うにもよさそうだ」
自分でも自分の姿に納得するサツキ。
満足げにクコはうなずいた。
「はい。それはもう。戦う姿も見栄えがすると思います」
「よせ。あまりほめるな」
どうやら、サツキはほめられるのがうれしいくせに苦手らしい。凛としながらも幼げな反応をかいま見せるサツキが、クコにはどうしようもなくもどかしい気持ちにさせられる。自分が服をこしらえてやったせいもあるのかもしれないが、クコ自身もどんな感情かよく理解できていなかった。
服屋の主人は言った。
「お二人さん、そちらは《
「魔法道具でしたか」
「暑さ寒さを凌ぎ、マントの中を心地よく保てるんだ。マント内の空気を細かい粒子にしてちょうどいい温度にしてくれる。これを、テンパリング機能という。まあ、これを仕入れるときに聞いた受け売りだけどね」
「よい効果ですね」
サツキはクコに耳打ちする。
「魔法道具って、値段は大丈夫なのか? 俺はお金を持っていないどころか、この世界の通貨の単位すら知らないんだ」
「問題ありませんよ。お金なら充分に持っていますから。ええと、……あら、特別高価でもなさそうですし、いただきましょう」
クコがいいと言うのなら、サツキも反対しない。服屋の主人は「おすすめだよ」と言っていた。
店内をもう少し見る中で、サツキは道着を見つけた。
「悪いんだが、修業用に空手の道着を買ってもらってもいいかな」
「構いませんよ」
服屋にはいろいろな服があり、柔道着や空手着など種類もあった。
道着を選ぶと、クコはにこりと微笑んで、
「あとは部屋着として着物はどうです?」
「そうだな。クコは持ってるのか?」
「着物はわたしもありません」
「それなら、俺だけじゃ悪いしクコもどうだ」
「では、いっしょに買いましょう?」
二人で同じデザインの着物を選び、クコは持ち合わせていたお金で支払いを済ませると、《スモールボタン》でPONとバッグを元の大きさに戻してしまい、またボタンを押して小さくし、店を出た。
村を歩きながら、サツキはクコに聞いた。
「この世界では、お金は『
「はい。世界共通ですよ」
一両の価値も、サツキの世界の一円とおおよそ同じくらいだと思われる。場所によって物価が違う可能性もあるが、その認識で問題ないだろう。
急に、声がかかる。
「やあ、クコちゃんじゃないか」
「クコちゃんだ! やっほー」
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