32 『スマートウォッチング』

 サツキが試合を終えて観客席に戻ってくる。


「おかえり。はい、どうぞ」


 ミナトに左右の手のひらにおまんじゅうとヨウカンを置いて、サツキがおまんじゅうを手に取る。


「ただいま。ありがとう。俺もおまんじゅうを先にする」

「おかえり、サツキくん。いい試合だったね」


 シンジにそう言われて、「ありがとうございます」と返す。


「今日もサツキくんとミナトくんは勝って、ボクも勝てた。調子いいね」

「はい。シンジさんもおめでとうございます」

「サツキくんの新技っていう攻撃、あれすごいパワーだったけど、ただ斬るのとは違う感じだよね?」

「ただの高威力の一撃ってだけで、切断性はあんまりないんです。《おうれつざん》という技は切断性と火力がどちらもあって、《どうおうげき》は武器を使いながら叩くような、拳で撃ち抜くような力技でしょうか」

「へえ。剣も拳も使えて、サツキくんはすごいなあ」


 感心しているシンジに、ミナトがのほほんと、


「しかも剣術は四月から始めたそうで。剣しかやってこなかった僕は、体術はサツキに習っていますよ。組み手したり、少し鍛えてるけど、サツキの剣術ほど伸びません」

「ミナトくんもさらりと手刀とかするもんね。ボクは自分の魔法に合わせた体術を磨くだけで精一杯だよ」


 とシンジが苦笑した。

 サツキがコロッセオのステージを見ると、『司会者』クロノはいなかった。今は休憩中で、試合開始までは少し時間があるようだ。


「昨日は、ロメオさんの試合のあと、すぐにダブルバトル部門に入りましたよね。普段は休憩挟まないんですか?」

「そうだね。今日みたいにダブルバトル部門の試合が多い日で、たまにかな。今の期間だけだと思う。まあ、二、三ヶ月おきくらいになにかイベントがあるから、試合が多い時期もそこそこあるんだけどさ」


 そうこう話していると、クロノが戻ってきてダブルバトル部門の開始を告げた。


「お待たせしました。みなさん、準備はいいですかー? 円形闘技場コロッセオ、午後の部、ダブルバトル部門の開始です! 今日はダブルバトル部門の参加者も多いから、いつも以上に盛り上がること間違いなしだ!」


 ミナトがのんきに構えて、


「僕らの試合は最終戦って聞いたし、それまではゆっくりできるねえ」

「うむ。でも、ただぼんやりしてばかりもいられない。ダブルバトルの観察だ。よく見るぞ」


 真剣な顔でサツキは選手を観察する。ミナトは「うん」とはうなずくが、頭の後ろで手を組んでリラックスしていた。


 ――試合が始まる前からそんなに頑張らなくてもいいのに。サツキくんはまじめだなあ。それに比べて、ミナトくんはマイペースだ。性格的には反対っぽいのに、意外と試合中も息合うんだよね。ダブルバトルのコツがわかればいいけど、自分たちに合ったやり方を見つけないといけないとも思うし、ボクじゃあアドバイスできないや……。


 シンジは二人を見比べて、ダブルバトル部門を頑張る二人になにかしてやれることはないか考える。面倒見のいい性格もあって親身に考えてはみるが、シングルバトル部門専門のシンジは助言もできずもどかしがった。


「ボクが教えられるのは、知ってる選手の魔法や特徴くらいかな」

「あ、教えてくださると助かります」

「任せて!」


 ちょっとうれしそうなサツキの反応で、シンジもうれしくなる。しかし、サツキはすぐに教えてくれとは言わない。


「一応、自分でも考察してみるので、それが合ってるか教えてください。ただ教わるだけだと目が養われない気がして」

「すごいな、サツキくん。勉強家なんだね」

「だからキミはこんなときでも輝いているのか。あまりのまばゆさに、すぐに見つけられたよ」


 シンジに続けて大げさなことを言ってきたのは、さっきの試合で戦った『ジェントルフェンサー』庭冷瑠葡流之バヴィエール・ブリュノだった。


「ブリュノさん」

「やあ。このジェントルも他者の試合を観て勉強しようと思っていたところさ。横、失礼するよ」


 スマートな立ち居振る舞いでサツキの隣に座った。並びとしては、右側からシンジ、ミナト、サツキ、ブリュノとなる。


「あの、ブリュノさんはよく試合観戦もするんですか?」

「いいや。華麗な剣の研究を優先し、自分の修業に時間を当てるのが常だった。どうやらボクは勉強を怠っていたようだ。他者を見ることで得られるものがあることを忘れていたんだね。ボクは、ファンの子たちに応えるためを除けば、つい自分自身を見てしまう。ボクのかっこよさがそうさせてしまって、キミのように他者を見ることができていなかった。強くなるためには必要なことなのにね。そう、キミと戦って、ボクはもっと強くなりたいと思ったんだよ」


 フフ、とブリュノは楽しげにサツキを流し目で見る。


「そうなんですね。俺が影響を与えられていたなら、うれしいです」

「サツキくんはたくさんの人に影響を与える素晴らしい存在さ。ボクがそうであるように、キミも人を魅了してやまない、魅惑の男なんだからね」

「は、はあ……でも、ブリュノさんは相手の急所を突くような魔法ですし、人の試合を観るのは強くなるためには効果的ですね」

「なるほど。鋭い意見だ。さすがサツキくん。どうも、試合を観戦した効果がすでに出てしまったようだね」

「まだ試合は始まってないですけど……」


 サツキがつぶやくが、ブリュノには届かない。


「今日の観戦は成果もあったことだし、気が向いたら帰るとしよう。サツキくんたちは最後まで試合を観ていくのかい?」

「はい、そうですね。ダブルバトル部門の最終戦が、俺の試合なんです。だから、三試合目の途中で準備のため控え室に行くことになるかと」

「そうきたか。ダブルバトル部門にも出場していたとは、驚いた。それでは、ボクも最終戦まで見ていかないとね」


 ブリュノはおかしそうに笑っている。


 ――俺がミナトとダブルバトル部門にも参戦してるって、クロノさんも言ってたんだけどな……。やっぱりこの人、他人の話をあんまり聞かないタイプだ。


 サツキは苦笑した。

 このあと、シンジも自己紹介した。


「ブリュノさん、ボクはシンジっていいます。シングルバトル部門専門です。まだ十二勝九敗だけど、もっと勝率上げて強くなりたいって思ってます」

「キミは……今日も出場していたね。よろしく」

「よろしくお願いします!」


 続いて、ミナトも名乗った。


「僕は士衛組壱番隊隊長、いざなみなとです。サツキとはバディを組んでいます。よろしくお願いしますね」

「ミナトくん、キミは不思議な感じだ。変わってる人だね」

「こちらこそどういたしまして」

「ああ、うれしいよ。よろしく」


 どっちも変わり者だから、微妙に会話が噛み合っていないようだが、それでいて馬は合いそうだった。

 試合を観戦しながらいろいろとしゃべって、ついにサツキとミナトの準備する時間になった。

 スタッフのお姉さんが呼びに来て、二人は立ち上がる。


「頑張ってね、二人共」

「このジェントルが見守っているよ。だから安心して戦っておいで。……ふ。つまり、このジェントルが守護神ということか。キミたちの勝ちは揺るがないさ」


 サツキが「ありがとうございます」と答え、ミナトが「いってきます」と言って二人は控え室に移動した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る