15 『凍結屋は志士を寝覚めさせる』

 少年少女歌劇団。

 この王都における、夜の華。

 昼の華として歌舞伎役者が大人気なのと同じか、あるいはそれ以上に、少年少女歌劇団の人気は強かった。


「今日の代理の子、可愛かったよなあ」

「新しく六人目のメンバーになって欲しいぜ」


 そうささやきながら劇場から帰る客たち。

 少女歌劇団『春組』の代役についての話であった。

 代役本人であるリラは、荷物をまとめていた。着替えて荷物を持ち、今晩お世話になる歌劇団の寮へ行くためである。


「うんうん、相当な評判だよ」


 廊下の陰から帰って行く観客たちの様子を観察してきた最年少ホツキが、楽しそうにみんなに報告した。


「よかったわね、リラ」


 サザエが声をかけてくれるが、リラは苦笑を浮かべ、


「恐縮です」


 アサリがリラに言う。


「着替え終わったね。じゃあ行こうか。寮まではすぐだ」

「はい。ご案内、よろしくお願いします」


 二人は劇場を出た。




 さっきまでの歌劇団の衣装と様変わりした恰好で歩く代役リラは、だれにも気づかれずにメンバーのアサリと寮に移動できた。もちろん、ただでさえ目立つアサリも私服の浴衣に着替えている。『はるぐみれいじん』と呼ばれるアサリだが浴衣は男物を着ているので気づかれにくいだろう。背が一七三センチと高く、黒いハットで顔を隠すようにしているため、余計気づきにくい。このハットには茶色のリボンの結び目に黒いスミレがあしらわれているが、それもシックでかっこいい。

 寮にはあっという間に到着した。

 部屋でアサリに告げる。


「帰り道もわかるので、先に戻っていてください。わたくしもあとから参ります」

「夜道は危険だ。できないよ」

「すみません。では、すぐに支度しますね」


 五分とせず、リラは準備ができた。

 また外に出る。

 夜風に髪を吹かれながら、リラは横へと視線を移す。


「今夜は夜桜が綺麗ですね」

「そうだね。ちょっと見て行かない?」


 アサリの提案に、リラは聞いた。


「いいんですか?」

「大丈夫。五分とかからない。川沿いを行くだけだよ」


 二人は遠回りして劇場へと戻る道をとった。

 水の流れる音が心地よい。

 川沿いを歩けば、旋風でも立つように桜吹雪が舞い出し、様々な明かりに照らされた川面は波打ち幻想的で美しかった。


「ね? 綺麗だったろう?」

「はい。とっても。晴和王国の桜の美しさは、ずっと大好きです」

「そっか」


 再び、川沿いから通りに入る。

 提灯の明かりだけだと、通りは暗かった。さっきの川沿いが明るかったせいもあるだろう。

 その暗い通りの中で、リラは不思議な旗を見かける。


「『凍結』?」

「ああ、あれ。凍結屋さんだよ」

「なんでしょうか、それは」

「ひと言で言えば、なんでも凍結してくれるお店だね」


 凍結屋は、軒先の明かりしか灯っていない家だった。


「ほら、見てごらん」


 アサリが言うや否や、がらがらがら、と車輪の音が近づいてくる。

 家の奥から白い麦わら帽子をかぶったおじさんが出てきた。彼は荷台に載せた棺桶のような箱を押してきたのだった。箱は大きく、寝かせてある。

 おじさんは、パカッと箱を開けた。

 箱からは白い煙があふれ出る。ドライアイスが閉じ込めてあったような煙である。

 煙が霧散すると、おじさんは箱の中に声をかけた。


「お客さん。時間だよ」


 どこか優しげな目をしたおじさんだが、その目は笑ってない。単純に、ビジネスとして感情をまとわず冷静に仕事をしているかのようだった。


「ん~っ!」


 箱からは、腕が見えた。さらに身体が起き上がる。若い女性だった。二十代前半だろうか。

 彼女は寝起きのような仕草で箱から出て、


「はぁ~、よく寝た気分」

「今日は、創暦一五七二年四月八日。お客さんのその腕時計も正しい時間を刻んでいる。予定の時間に間違いはないね?」

「ありがとうございます。はい」

「お代は先にもらってるから、もう行っていいよ。この箱はすぐに使うお客さんがいてね。今、奥の座敷で待ってるんだ」

「すみません、お世話になりました! やったぁ、六ヶ月なんて一瞬。結婚式は綺麗な姿でしたいもんねえ」


 客はるんるん気分で去ってゆく。

 アサリはその後ろ姿を見て、


「少しでも若くて綺麗な姿で結婚したいっていうのは、女心なのかもね。オレは女だけど、男っぽいって言われてばかりでさ。実はさっきの人の気持ちはあんまりわからないんだ」


 と、苦笑した。


「そこがアサリさんの素敵なところですわ」

「ありがとう、リラ」


 二人が去ろうとしたところで、四十代らしき女性が凍結屋に入っていった。


「どうも。うちのわんちゃん、解凍してもらえます?」

「ああ、おかえりなさい。そういえば、今日だったね」


 さっきの大きな箱を家の奥に下げた白い麦わら帽子の店主は、今度は小さな箱を持って出てきた。


「はい、どうぞ」


 小さな箱が開かれる。

 また白い煙があふれて出て、


「わん!」


 と犬の鳴き声がした。


もんちゃん、おかえり」


 犬を可愛がる客と、さっきまで凍っていたのが嘘みたいに元気に鳴く犬。


「お代は先にいただいてるからね、またおいで」

「ええ、また旅行に行くときにはぜひ。じゃあ行こっか、亜門ちゃん」


 犬を抱えて去る客。


 ――そんな使い方もあるのね。


 リラが感心する横で、アサリが声をかけた。


「さて。じゃあオレたちも行こうか」

「はい」


 二人が歩き出した。


「でも、不思議なお店ですね」

「表向きはアイスキャンディー屋さんだからね。王都内でも知らない人がほとんどだよ。『すうみつかんたつたかあき。この人は実に様々な客を持っている。もっとも、法の穴を抜けるためにも利用される、正義のアンチテーゼにして正義の裏口。善悪問わず、仕事する。だから怖い」


 知らない王都を聞かされ、リラは振り返ることもできずに、やや足を速めた。

 後ろ髪を、狂風がそっと巻き上げた。




 一方その頃。

 凍結屋の店主タカアキは店の奥に下がり、ひとりの客と一緒に店先に戻ってくる。

 タカアキは、その客――首に手拭いを巻いたカメに言った。


「朝まででいいんだね?」

「おう。朝になったら引き取りに来る」

「わかったよ」

「事情を聞かないでくれて助かるぜ」

「そりゃあ、あなたの頼みだもの」

「じゃあな」

「まいど、どうも」


 そう言って、タカアキは白い麦わら帽子を取って見送った。

 カメは川沿いの道へと歩いてゆく。おそらくこのあと、橋でも渡るのだろう。彼の行く先はいつもわからない。

 変わったカメを見送ったタカアキは、白い麦わら帽子をかぶり直し、ふうと息をついた。


「さて。あの子はこのあと《とうけつ》するとして、先に……」


 また奥から、人間が入る棺のような大きさの箱を店先に持ってきた。

 箱を開ける。


「お客さん。時間だ」


 冷たく白い煙があふれる。

 白煙が宙に溶けるや、空気がピタリと止まった。

 そこからぬっと起き出てきたのは、若い男性だった。まだ二十歳を過ぎたばかりの年頃で、背も高くはない。目の下にはくまがあり、ドレッドヘアが特徴的だった。


「おはよう、親父さん。今はいつだい?」

「幕末は終わったよ。あれから十五年。創暦一五七二年四月八日さ」

「そういや、親父さんの顔も老けたじゃん」

「当然だ」

「天誅組として幕府派の人間どもを斬って斬って斬って斬って斬りまくった罪も、やっと時効になる。長かったような短かったような」

「お代はいただいてるから、もう行っていいよ」

「こんな悪人を匿ってくれるなんて、親父さんも相当な悪人だね」

「客は客。お代さえいただいたら凍らせるさ」

「いいねえ。さすがは『すうみつかん』。あんたはやっぱり最高だぜ」


 男性は道の真ん中まで来ると、腰の刀をすらりと抜いてビュンビュン音を立てて振り回し、鞘に収めた。


「この身体、まるでなまってねえ。それどころか、セミが地中でじっと力を蓄えてたみてえにすこぶる調子がいいくらいだ。今のキレッキレな腕だったら、いったいどれだけの人間を斬れるんだ? しっしっし。早く試したくてうずうずしてきたじゃん」


 タカアキを振り返り、彼はペロリと唇を舐めた。


「この『ねむれるはいもとけん、生き返った幕末の志士がなにをするか、楽しみにしててくれよ」


 タカアキは、それには答えずにくるりと背を向けて、無表情に店の奥へと下がっていった。

 ケンタは刀を手にゆらゆらと王都の道を歩く。

 王都の空気が妖しく揺れているのが、肌でわかる。

 今夜の王都は普通じゃない。

 だから、ケンタは笑った。

 彼の行く方角は、先程カメが歩いて行ったのと同じだった。

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