120 『ロジカルデメリット』

 魔法とは本来、術者の描く論理によって体現される。

 科学的にはあり得なくとも、魔法は術者にとっての正しい論理によって描かれれば実現できるのだ。

 術者にとって。

 そう、術者にとってのみ。

 論理の正しさなどそれだけの認識でよく、科学的な正しさは必須じゃない。

 しかして。

 そこには空想だけではない、厳密な科学が存在するとも言える。

 となると。

 しばしば、術者本人が論理を組み立てることで、すべてがご都合主義ではないことが起こる。

 メリットとデメリット。

 美点と欠点。

 そうした二面性が生じるのだ。

 必ず欠陥が含まれる。

 あるいは制限とも表現できるだろうか。

 魔法《透視図法的実体パースペクティブ・レンズ》を例に挙げるならば。

 仮に……。

 物体の大きさを変化させるのに、選定した対象物体との位置関係という基準を設けたら。

 それは利用するのが面倒な条件付けになってしまう。

 しかしそこには術者なりの論理があり、理屈に合ったなんらかの制限がかかってくる。それが面倒な条件付けという形になるのである。


「ワタシの論理、と言ったか。それを先に聞かせてもらおうか」


 フレドリックに言われ、サツキは淡々と答えてゆく。


「俺の想像ですが。《透視図法的実体パースペクティブ・レンズ》は、遠近感をその理屈の根底に敷いている。近くにあるものは大きく見えるが、遠くにあるものは小さく見える。人の目にはそう映るものだ。だから、ある境界を超えたとき、物体の大小を変えられる魔法になった」


 相手から遠くにいるときは物体を小さくでき、反対に、相手の近くにいるときは物体を大きくできる。

 遠ざかるほど小さくできて、近づくほど大きくできる。

 つまり遠近感の妙と誇張。

 その理屈を、フレドリックは魔法に落とし込んだ。


「なるほど。本当によく頭が切れるようだな。しかし、なぜ対象物の選定が必要だと気づいた? 普通、物体の大きさを変えることくらいしか気づけないと思うが」

「二メートル」

「……」

「俺との距離が二メートルになったとき、物体の大小は反転していた。二メートル以内では大きくなり、二メートル以上では小さくなっていた」

「ふ。慧眼だ。いや、目を閉じた貴様にその言葉は適切ではないか。それとも、やはり目を閉じていてもやはり見えているのか?」

「どこまで見えているかは、想像に任せます。手の内を晒すことはしたくないですから」

「いいだろう」


 そう言っておきながら。

 実は、サツキには別の根拠があった。

 別の手がかりもあって、推理したのである。

 思索経路としては。


 ――まず、なぜ自分と相手の位置関係によって魔法が発動すると考えたのか。理由は……最初に剣を交えたとき、フレドリックさんの魔力が俺の刀に付着したからだ。


 サツキの《緋色ノ魔眼》は、魔力を視認できる。

 その点、アルブレア王国騎士側に情報が入っているかはわからない。アルブレア王国騎士も一枚岩ではないから、どこかの勢力グループだけ知っている可能性もあるが。

 どんな情報だろうと、サツキが開示するメリットなどないのだ。


 ――フレドリックさんの剣が俺の刀とぶつかった。これによって対象は選定された。次に。なぜ距離が魔法発動の材料だと推察されるのか。その必要があるのか。理由はさっきフレドリックさんに言った通り。二メートルという距離で、物体の拡大・縮小に反転が起こったからだ。


 二メートル。

 これが位置関係の基準であり、反転ポイントなのである。

 反転ポイントの設置は、景色を見るときにフレドリックが感じているなんらかの基準なのだろう。

 自分の手のひらを近く見たときそれが大きく感じるように、はたまたさっきは大きく見えた建物が遠ざかると小さく感じられるように。

 そんな中での二メートルはともかくして。

 物体の拡大・縮小は、まったくもって遠近感の論理に適っている。

 見え方を極端にしただけで、視覚的論理に矛盾はなく。

 絵画の誇張さえリアリティであるように、それが彼の目に映った論理なのだ。

 ゆえに。

 自分と相手の位置関係によって魔法が発動することは、術者にとってのデメリットであっても使用条件あるいは制限になり得る。


 ――問題は、この魔法をいつ解除するか。

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