119 『パースペクティブ』

 フレドリックの魔法。

 名前を《透視図法的実体パースペクティブ・レンズ》。

 これに関して、サツキはとある仮説を立てていた。


 ――《透視図法的実体パースペクティブ・レンズ》は、物の大きさを変えるものだ。


 物体の拡大・縮小。

 あるいはサイズ変更。

 形状の変化や修正ではなく、あくまでサイズのみが対象。


 ――生物・無生物の区別は不明だが。ただ、おそらく無生物のみ。そしてそれは手にしているものとか所有物とか。その辺が妥当だろう。


 手にしている、とは触れているとも言い換えられる。

 実際に、手で触れているわけではないすね当ても大きくなったからだ。

 とはいえ、そのあたりの条件はあまり問題ではなかった。

 物体の中に髪や爪が含まれるのかもどうでもいい。

 サツキが気になっているのは、別の部分。


 ――大きさの変化幅。これが重要だ。


 どこまでも大きくできたら強すぎるし、見えないほど小さくできたらなんでもアリになってしまう。

 剣ばかりでなく、すね当てにまで効果を発現させたことから、複数の物体に魔法を働きかけることになり、それならそれ相応の条件があって然るべきだと考えられる。

 だから変化幅はある程度に絞られる。


 ――披露してくれた範囲で言えば、最大で二、三倍。根拠はないが、フレドリックさんはまだ全力じゃない。俺に力のすべては見せていないはず。フィニッシュのための余力があるはず。となれば、五倍以上はあるとみていい。


 そう仮定したら。


 ――最大で七倍。それは覚悟すべきだろう。反対に、最小も七分の一まではできるとみておいたほうがいい。そこにも警戒したい。見せてくれた最小は二分の一だが、小さくすることにも意味はあるからな。


 実は、剣を振る前。

 フレドリックの剣は少し小さくなっていた。

 そこから大きくしていた。

 しかも通常の大きさよりも大きく。

 二倍から三倍くらいには大きくしてみせたのだ。


 ――小さいところから大きくしていくこと。それは……遠近感の妙を突いた、一種のマジックのような効果を発揮する。


 距離が正確につかみにくくなる。

 物体が小さいからまだまだ遠いと思っていたら、急に大きくなることで思っていた以上に突然近くに現れたような。

 そんな視覚トリックじみた仕掛けで、虚を衝くのである。

 小細工と呼ぶには物理的に有効過ぎるリーチの伸縮。

 それが利用されている。

 先に《消失点消失バニシングポイントイレーサー》で失われたはずの距離感だが、サツキが何らかの方法を用いてその距離感を復活させたと確信しているゆえの演出だと思われた。

 いや。

 それもあれど。

 これこそが、フレドリックのバトルスタイルなのだろう。


「先に言っておくと。フレドリックさん、あなたの魔法は物体の大きさを変えるもの。そして、俺との距離によって発動条件が整えられるものだと考えました。正否はどうですか?」


 クッと、フレドリックは笑った。

 静かな笑い。

 それがフレドリックの感情を物語っていた。

 少しばかり、うれしそうだった。


「正しい。間違っていない。もうその点についてもわかったのか。思った以上の洞察力だ。思った以上に楽しめそうだぞ、城那皐」

「楽しむ余裕がありますか」


 サツキが声を低くする。

 しかしフレドリックはなお愉快そうに、


「まだまだ分析すべきことは残されているだろう? ワタシはただ斬り合うよりも頭を使った戦いが好きでね。ワタシの魔法《透視図法的実体パースペクティブ・レンズ》について、もしわかったことがほかにあれば言ってみるといい」

「……」

「もちろん、ワタシの攻撃を処理しながらだ。ただ考えさせる時間は与えない」


 フレドリックの剣は再び伸びる。

 サツキの肩口へと迫り、大きくなる。

 リーチが即座に詰まる。

 かすって血がわずかにしぶく。

 しかし、よけることはできた。

 サツキの刀も舞い、フレドリックの剣とぶつかり合う。


 ――考える時間がもう少し欲しい。だが、俺の仮説は正しそうだ。俺との距離で、物体の拡大・縮小の条件が変化する。やはり……。


 ここで。

 溜めた魔力は小さいが、魔力を《波動》に変える。

 そうやって、強めの一撃を放つ。


「《どうおうげき》!」

「おっと!」


 声が出る。

 フレドリックは思わず声を出して、剣をぎゅっと握った。


 ――強い。例の《波動》か。おもしろい。単なる力強さとも違う、不思議な重たさだ。もう少し彼を甘く見ていたら、この剣は弾き飛ばされていた。


 体勢が崩れかかるが、これもフレドリックは踏ん張る。

 サツキは追撃の姿勢は見せず。

 両者の距離はまた取られた。

 その距離七メートル程。

 キッと、サツキは刀の先をフレドリックに向ける。


「魔法は術者の創造力と論理によって実現される。あなたの論理もわかりました。魔法《透視図法的実体パースペクティブ・レンズ》は、物体の拡大・縮小をする。このとき、対象との距離が遠ければ小さくでき、近ければ大きくできる。違いますか」




 ――そして、発動条件は対象物体の選定と対象までの距離にある。


 距離。

 すなわち位置関係。

 自分と相手。

 その両者の位置関係が距離であり。

 かつ変化幅を決定するための条件ともなる。


 ――相手から遠くにいるときは物体を小さくでき、反対に、相手の近くにいるときは物体を大きくできる。


 遠ざかるほど小さくできて、近づくほど大きくできる。

 ここまでが結論。

 ここからが思索経路。


 ――まず、なぜ自分と相手の位置関係によって魔法が発動すると考えたのか。理由は……最初に剣を交えたとき、フレドリックさんの魔力が俺の刀に付着したからだ。これが対象の選定。


 最初、フレドリックの剣とサツキの刀がぶつかった際、フレドリックの魔力がサツキの刀に付着した。それを《緋色ノ魔眼》は見た。

 これによって対象は選定された。

 しかし……

 術者・フレドリックと対象。

 それが決まっただけでは、まだ魔法の発動はできない。

 そこには距離という要素が必要になる。


 ――次に。なぜ距離が魔法発動の材料だと推察されるのか。その必要があるのか。理由は二メートルという距離で、物体の拡大・縮小に反転が起こったからだ……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る