167 『スライトホープ』

 サツキは言った。


「頼む、ミナト」

「ああ。任せてくれ」


 このジェラルド騎士団長を相手に、接近戦は極めて難しい。

 だが、サツキは近接格闘技が得意でリーチを伸ばす武器も刀くらいのものだ。それにミナトも斬撃を飛ばす以外には直接斬るしか戦い方を知らない。


 ――接近戦じゃないと戦えない僕たち。向こうもそうだ。でも、バスターソードはリーチが長い。サツキはあの人の速さを見切れる目の片方を奪われた。それで精度の落ちるものかは知らない。見切れてもアタックするにはスピードが足りない。まともにやり合うには僕との連携が必須。で、僕だってスピードが足りない。


 いくら相手が右胸を刺されて負傷していても、分が悪いと感じてしまう。

 それは、ジェラルド騎士団長が平気そうにしているからだろうか。

 ジェラルド騎士団長はなおも平然と、むしろ超然と、淡々とサツキに語りかけてくる。


「城那皐。我は貴様とのパワー勝負を決める際、吹き飛ばすついでにその左目を斬り、支配した。だが、我は追撃に右目も狙ったのだ。これをかわしたことは褒めてやろう。やはりその緋色の目は、よく見えるらしい」

「右目を奪えなかったこと、後悔させてみせます」


 これがサツキにとって、今言える最大の強がりだった。


 ――俺の左目になにか特別な力があると察していたジェラルド騎士団長だったが、右目にもなにかがあると考えていたようだな。おかげで、無駄な警戒は続けてくれるかな。


 強がりでしかないセリフも、ジェラルド騎士団長にすれば「やはりまだその右目になにかがある」と思わせるに足るものになるからだ。

 ジェラルド騎士団長は語を継ぐ。


「貴様ら二人の会話からもわかることがあったと言っておこう。城那皐の傷が治ることに、今しばらくの時間を要する。より正確にこの事実を突きつければ、この戦いの間には治らない。つまり、先程まで驚異的な自己治癒能力を有していたが、その機能が失われたことを示している。よって、我が支配せし左目の力は治癒能力だと読み解けるわけだ」

「ご丁寧に」


 とだけ、サツキは言った。


「……」


 ミナトは少し心配そうにサツキを一瞥し、またジェラルド騎士団長に向き直る。

 奪われた左目の秘密まで読み解かれ、回復できないことも知られてしまった。ミナトとしては望ましくない状況だった。

 しかし。

 サツキは、


 ――しめた!


 と思った。


「我は二つの可能性を考えていたのだ。貴様が一撃に込める爆発力を製造・貯蔵するものか。あるいは、剣を受けたことで我の剣を読み切れるようになるような受動的スキルか。その二つの可能性を排除できた」


 そんなことまでジェラルド騎士団長は言ってきた。

 これを受けて、サツキは内心で小さく相好を崩す。


 ――そこまで言ってくれたか。ジェラルド騎士団長の反応から、俺の右目への警戒がまだあることがわかる。そして右目には、今左目に関して排除した二つの可能性を当てはめていることがわかった。


 それに加えて。


 ――そして、俺の左目は《独裁剣ミリオレ・スパーダ》によってジェラルド騎士団長の支配下に置かれてしまった。だが、支配の性質が一つ紐解けた。支配には、支配したそのものの性能を把握する機能はない。把握もできないなら、操ることもできない。


 こうした事実を知ることができたのである。


 ――「支配」という言葉には、二つの意味がある。


 権力によって意のままに動かすこと。

 考えや行動を束縛すること。


 ――この二つだ。


 一般的にはどちかの意味で使われる言葉なのである。


 ――すなわち、ジェラルド騎士団長の言う「支配」もこのいずれかであり、先の言葉から、後者、束縛が《独裁剣ミリオレ・スパーダ》における「支配」だと推定された。


 ただし、それだけで確実な勝機を見出したわけではない。

 最後の一撃のために備えること以外になんのプランもなかったところへ、どこかに道があるかもしれない、という可能性を感じられた段階に過ぎない。

 それでもどこかに道を照らす光があると思えたのは、サツキにとって大きな希望だった。

 あとはルートを探せばいいのだ。


 ――だから、それまで……俺が戦術を探り出すまで、頑張ってくれ。ミナト。

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