13 『FINISH×OFF』

 クコは向こうに落ちている剣を拾い、戦闘に加わりサツキを助けたかった。戦闘への参加を決起し、剣を取るため立ち上がる。バスタークとの距離もあるから、よろめいた足取りでも剣を取るくらいならできる。


 ――サツキ様。目に関する魔法を創造したのですね。それも、戦闘中に。才能か、それとも、この危機的状況が生み出したものか。クコも戦います……!


 気配で、バスタークにはクコが動いたことがわかった。だがそれは放置する。


 ――少年を倒したあとでも、『純白の姫宮ピュアプリンセス』は叩ける。


 それに比べ。

 おもしろいことに、サツキという少年は目が相手の動きに追いつくだけで、頭の冴えが戻っていた。

 動きが見えるだけでなく、視野もぐっと広がった。


 ――次、深い攻撃が来る。


 大きく下がりつつ体勢を崩して尻もちをつくほどかがめば、よけられるとみた。そのため、サツキは倒れるのを覚悟で下がって地面に手をつけた。

 そこで。

 サツキは発見する。


 ――こんなところに、刀が。


 右手のすぐ後方だった。手を伸ばせば届く。

 この世界樹ノ森では、死骸もめずらしいものではない。さっきも西洋風の鎧と刀を見かけたほどだ。けれど、ちょうど刀が落ちているところに手をついたのは、偶然か。天が、いや世界樹ノ森が、サツキを生かそうとしているかのようだった。

 手を伸ばして、死骸の前に転がった刀を握り取り、バスタークの爪を受けた。

 キーン

 高い音が響く。

 それほど古くもなく、まずまずの刀だ。目利きもできないが、バスタークとも戦える刀であることは、サツキにもわかった。不安は、あとどれほどの打ち合いに耐えられるか。


 ――だが、これしかない。


 下がったサツキとの距離を詰めるためにバスタークは大技を一度保留してくれた。

 そして、刀を手に入れたことで、サツキの動きが一変する。

 剣の心得はないが、空手を学び武術の心得は持っていた。だから、通じる動きや呼吸がサツキには備わっている。

 よけるだけでなく、受ける、受け流す、という選択肢が生まれた。

 キン、と刀で受け、下がる。

 観察、洞察、分析。

 魔法の才能が開いたとき、その魔法の性質によって、サツキには見えた。

 バスタークの技の弱点が。

 反対に、目の変化があっても逃げるだけのサツキに、バスタークはそろそろ仕掛けてもよい頃合いだと判定した。


「いきますよ。《獅子ノ火炎牙ソリッド・オブ・ブレイズ》! うわあああああぁっ! たぁっ! ツあぁぁああああああお!」


とうしょう』バスタークの咆吼が森に響く。

 さっき出そうとして、やめた技。サツキの知らない大技だった。手にまとう炎がいっそう大きくなり、ライオンの上半身を形取る。


「やああああああぁっ!」


 このときを見計らって、クコは手にした剣でバスタークに斬りかかる。スピードから、牙がサツキを捕らえるのが先か、剣がバスタークに届くのが先か。微妙なところだった。


 ――サツキ様を守れるかはわかりませんが、サツキ様の助けにはなるはずです! 届いて!


 サツキはクコの動きも認識して、


 ――ここだ。


 と判じた。

 見える。

 バスタークの創りだしたライオンが。牙が。

 それをよけるルートも見えた。

 相手の注意が後ろのクコにもわずかにあるから、バスタークの攻撃はよけやすくなる。

 サツキが流れるような動きでうまく身体を使って、バスタークの攻撃をかわす。

 そのとき、魔力コントロールで刀を持つ手に力を集め、斬った。

 同時に、クコの攻撃もバスタークへ向かう。

 クコの剣はバスタークの創りだしたライオンと衝突した。


 ――届いた!


 だが、その剣はライオンにぶつかっても音を響かせるだけで、ダメージを与えた感触もなかった。


「甘いのですよ! 『純白の姫宮ピュアプリンセス』!」

「甘いのは、あなただ」


 鋭く伸びたサツキの刀は、バスタークの手元にあった。

 サツキの狙いは、手とライオンの分断である。

 ここまでの戦いで、手で魔力を練り、手を使ってライオンをコントロールすることがわかった。そのライオンと手の接点を斬ってしまう算段である。


「なにィ!?」


 刀はバスタークの手からライオンを切り落とした。

 バスタークの魔力反応もぷつりと切れた。

 また、刀も耐久の限界を迎え折れてしまった。


「相討ち!?」


 クコが叫ぶ。

 しかし、サツキは落ち着いていた。


 ――もう、バスターク騎士団長からは魔力が見えない。


 このとき、サツキに見えていたのは、魔力の流れ。どういうわけか流動する魔力が、ありありと手に取るように見えていた。その理由は、夢中になっていたためにサツキはまだわかっていないが、単純に、魔法のおかげである。また、魔力の視認によって、相手の肉体と筋肉が服越しでも把握でき、重心や筋肉の収縮まで見えていた。これらの情報から、先程からサツキが相手の行動を先読みするように見えていたのである。

 斬ったあと。

 バスタークの顔からさっと表情が消えたように思えた。


 ――勝ったか?


 だが、バスタークはなお精神力を振り絞って目に生気を戻し、魔力がほとんどなくなった状態でも拳を振り上げた。


「ぐああああああっ!」


 ――なんて精神力だ! さすが『とうしょう』と呼ばれる戦士だけある。意志の強さが並じゃない。


 サツキは、折れて使い物にならなくなった刀を捨て、腰を落とす姿勢になり、右の拳を脇の下へと引いた。


 ――だが、もう身体がついていってないぜ。


 魔力を練り込み、拳に集め、地面を踏みしめる。


「はあああああっ!」


 気合の声をあげ、サツキは、持てる力を出し尽くすように、全身の魔力を放出するようにして、正拳突きを繰り出した。

 拳がバスタークの腹にめり込む。

 インパクト。

 バスタークは勢いよく、後方に飛んだ。

 五メートルほど後方の木に背中からぶつかり、にぶい衝撃音が響く。バスタークを受け止めた木からは木の葉が舞い落ちる。


「……ッ」


 それでも、バスタークはサツキをにらみつける。


「……」


 にらみ返すサツキ。

 が。

 バスタークは、そのままの険しい顔で、ドサッと正面から地面に倒れた。

 サツキは伸びているバスタークを見て、息をつく。


「気絶……したみたいだな」

「はい。バスターク騎士団長の大技には、相当の魔力が使われます。くらえば大打撃。しかし、本人にも負荷がないわけではありません」

「だろうな。体内から集めた魔力の塊――つまりあのライオンが切り落とされて身体から離れてしまった。あれだけ巨大な魔力だ。それが一瞬で失われた衝撃に耐えられなかったんだろう」


 それに、とサツキが見てわかったことを続ける。


「バスターク騎士団長が使う魔法は、一度発現させたら拳の火を維持する傾向が強かった。火の性質を考えると、理由はおそらく、点火の難しさにある。火は点火するのが難しいんだ。だから、古来より人間は、一度ついた火は絶やさないようにして、火を大事にしてきた」


 クコは独り言のようにつぶやいた。


「あの状況で、なぜバスターク騎士団長は、あえて大技を繰り出したのでしょう。通常のライオンでも、わたしたちを倒すことはできたはずだったと思うんです」

「そこに合理的な理由はないさ。バスターク騎士団長は、自信があったんだろう。負けるはずがないと。魔法が破壊されるはずなどないと。強者としてのおごりが彼の敗因だ。だからあんな一極集中をやってしまった」

「ええ。強い方でした」


 その背景には、サツキの目の魔法の発現により、攻撃が思い通りにいかず焦れていたのもあったろう。

 サツキは小さく息をつき、


「クコ。あんな戦略性もない戦いは、もうご免だぞ」


 と苦笑を浮かべた。


「はい、すみません。でも、二人共無事で、本当によかった」


 すっかり立って歩けるようになったクコだったが、サツキのほうは今にも膝をつきそうによろめいた。さっきまで緋色に染まっていた瞳も、元に戻っている。


「サツキ様。あの目は……」


 言いかけて、クコは、倒れかけたサツキを抱き止めた。

 そして、クコはいとおしむ目でサツキを見やり、別の言葉をかけた。


「お疲れさまでした。今は、ゆっくりお休みください」

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