12 『SCARLET×EYES』

 ちょうど身体を右に90度回していたバスタークの背中に、サツキの蹴りが叩き込まれた。


「ぐおぉ!」


 連撃。

 サツキは三度の蹴りを繰り出し、最後に拳を脇腹に撃ち込んだ。

 魔力コントロールがされているからか、突きと蹴りの力も悪くない。しかし、バスタークにはそれでも大きなダメージではなかった。中にチェインメイルを着ているから、ダメージも軽減されていたのだろう。


「《獅子ノ火爪ソリッド・オブ・フレイム》!」


 さらに襲ってくるクコの追撃を、左手のライオンが受け止めた。

 サツキは後ろに下がり、クコもバスタークから距離を取った。


「悪くない体術。悪くないフェイクでした。まさしく、打ち合わせだけはしっかりとしてきたようで」

「どこもまさしくではない。この無鉄砲な王女に、打ち合わせなどあるわけなかろう」


 毅然と、しかし呆れるようにサツキは言った。


「む、無鉄砲……?」


 ぽかんとするクコだが、バスタークはクッと笑う。


「無鉄砲……まさしく」


 サツキはバスタークに解説してやる。


「丸太を背にしてクコの身動きが取れなくなったとき、普通は丸太の後ろから奇襲が飛んでくることを考える。隠れるにはうってつけだからだ。しかし、騎士団長にまでなったあなたなら、背後への警戒も怠らないと思った。そこで、俺が潜むのと逆方向頭上へ小石を投げ、クコに目線を切らせた。あとは、あなたが戦闘経験を頼りにそちらにも攻撃すると踏んだのだ」

「まさしく、誘導されたわけか」

「うむ。誘導に乗ったところへ、その逆側から攻撃させてもらった」


 しゃべりながら、サツキはバスタークを観察した。


 ――俺の奇襲も、ただの突きと蹴りでは思った以上にダメージが少ない。まずい。もう俺に有効な攻撃手段なんてないぞ。


 本来なら、先の一撃でサツキがもう少しダメージを与え、クコの追い打ちを決定打として、たたみかけるつもりだった。そしてダメージを受けたバスタークを残し、逃走する算段であった。自分の取り逃がしという失態を嫌うであろうバスタークが発煙筒を使うことはないから逃げ切れると思ったのだが、実戦はそんなに甘くはなかった。


 ――なにか、考えろ。


 現状を打開する手を考えるが、それも及ばない。

 バスタークは苛立った声を漏らす。


「こざかしい智恵を。まさしく、力なき者の戦い方。しかし、これ以上の手はないでしょう。一番の敗因は、お二人の力の無さ。非力すぎるのですよ」


 そう言って、バスタークは両手に魔力を集めた。


「トゥワワワワッ!」


 どんどんパワーがみなぎるのが、サツキとクコにもわかる。木々がざわめいている。


 ――まずい……! 一気に片をつける気です。


 クコが気を張るが、二対一で正面から戦う以外に手立てがなかった。

 サツキは考える。


 ――相手は、俺の存在を不可思議に思うはずだ。王女の仲間で、風変わりな衣装。武器を持たない。となると、こう考える。あの少年は、なんらかの特殊な魔法の使い手なのではないか、と。


 少なくとも、未知の敵に対してはその可能性を排除できない。

 これが、サツキの予想である。


 ――それゆえに、簡単に大技は出してこない。敵の手の内がわからないのに大技に頼ると、カウンターが怖いからだ。


 バスタークの魔法を知っている王女からその魔法の特徴を聞けば、対策は立てられる。そう考えるのが筋である。


 ――だから、相手が俺を、魔法の使い手だと思い込んでいることだけが、ここでは予防線になる。即死だけはない……と思う。


 クコが知っているバスタークの大技は、《獅子ノ火炎牙ソリッド・オブ・ブレイズ》。両手で一頭のライオンを作り出し、巨大なライオンが牙をむく。

 バスタークがその大技を使う素振りを見せていたから警戒していると、なぜか、バスタークはまたその手を左右に分け、先ほどと同じ《獅子ノ火爪ソリッド・オブ・フレイム》をする構えを取った。

 今サツキに残された選択肢は、二対一という数の優位を生かして戦うか、とにかく全力で逃げるか。

 しかし二人で逃げても追われるのはクコ。自分も逃げながらクコを逃がし切れる自信もない。


 ――戦うしかないよな。勇気で立ち向かえ。


 ありったけの勇気を噛みしめ、意を決して戦いに挑むサツキに、バスタークの拳が飛んだ。


「《獅子ノ火爪ソリッド・オブ・フレイム》」


 ライオンの爪が二つ、サツキのみを狙ってくる。


「サツキ様っ」


 一方を、クコが剣で受け止める。

 もう一方をサツキがなんとかかわす。

 連続攻撃を、クコが剣で受け流し、サツキが避ける。それを繰り返す。


 ――なんとか、戦略を考えなければ。


 かわしながら、サツキは思考を続けた。

 バスタークが息も切らさず《獅子ノ火爪ソリッド・オブ・フレイム》を高速で繰り出す。


「どうしました? この程度ですか?」


 もう、こちらに手札なんて残ってないことがバレるのは、時間の問題だった。

 迫ってきた攻撃を、サツキはかすりながらもギリギリでかわした。袖も破れ、土にまみれる。


「サツキ様!」

「よそ見はいけませんよ、『純白の姫宮ピュアプリンセス』!」


 今度は、ライオンの爪がクコの剣を払った。くるくるくるくると剣が回転して宙を舞い、ザクリと地面に突き刺さる。

 唯一の武器をなくして動揺するクコに、バスタークは追い打ちをかけた。


「しばらく寝ていてください」

「きゃっ」


 ライオンの爪にクコの喉が押さえられて、背中が丸太にぶつけられた。

 クコはその衝撃で、気を失いかける。世界樹ノ森に入る前からほとんど休みなく活動してきたクコに、残っている体力も少なかった。


「サ、ツキ……様……」


 名を呼び、クコは意識ももうろうとしたように身体から力が抜けていった。

 バスタークはライオンの爪をクコから離す。クコは崩れるように地面に倒れてしまった。

 次に、バスタークは爪をサツキに向けた。


「あなたが死んでも、ワタシたちにはなんの問題もありません。心して受けてください。ワタシの炎を! つあああああぁっ!」


獅子ノ火爪ソリッド・オブ・フレイム》が飛んでくる。

 まだ、大技らしき技が来る様子でもなかった。その警戒だけは解かないバスタークには感心もする。いや、大技を使うまでもないとおごっているのか。

 サツキはよけるために神経を集中した。


 ――見ろ。とにかく見ろ。見極めろ。そして、分析しろ。


 元来、サツキには生まれ持った集中力があった。自分でもそれがどれほどの代物かわかっていない。だが、その集中力はすでに読み書きそろばんに空手などの武術といった実生活で磨かれていた。

 よける。

 よける。

 何度かよけているうち、サツキは二度、爪に切られた。右腕と左の脇腹。

 しかし幸いにも、身体中の痛みは、この緊迫した環境下では感じなかった。浅傷のおかげもあるだろう。


「さあ、次で仕留めましょう! まさしく、とどめです!」


 バスタークは、両手で魔力を練った。


「ツあぁぁあああ!」


 空白の一瞬にも、サツキは次に大技が来るとわかった。クコによって魔法を発現させたばかりのサツキでもバスタークの魔力が高まるのが感じられる。

 おそらくバスタークは、最後に大技を持ってきて、華やかに美しい勝利を飾りたかったのだろう。強者の余裕である。

 だが、その通りにさせるつもりは、サツキにもない。


 ――見極めろ。


 凛と大きいサツキの瞳が、いっそう鮮やかに開く。

 クコは、失いかけていた意識が戻り、サツキの瞳を注視する。


 ――サツキ様……。まさか、開眼したのですか? 目が、緋色に……。目の魔法を……?

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