11 『BATTLE×START』

 バスタークは足を止めた。


「なるほど、ここから先へは行ってないようで。すると、森を出るためにはここを守っていればよいだけになります。逆に、あなたは必ず動かなければなりません。回り道させないためには、活路を断ちましょうか」


 グッと、バスタークは拳を握った。


「つあああああぁっ! うわぁあぁああああああああああ!」


 叫んで力をみなぎらせ、拳に火が灯った。


「《獅子ノ火爪ソリッド・オブ・フレイム》!」


 森の出口方向に立ちふさがったバスタークは、火をまとった右の拳で、ジャブを打つように腕を振るった。

 火がライオンの形になり、ライオンが爪で獲物を切り裂くように、木を切り倒した。


「こうして木を切ってゆけば、姿を隠す場所も次第になくなる。どこに隠れていようと見つかるのは時間の問題ですよ、『純白の姫宮ピュアプリンセス』! 《獅子ノ火爪ソリッド・オブ・フレイム》」


 さらに、バスタークは拳を振るった。

 火炎の爪は木をなぎ倒してゆく。

 このあたりの木々は高さも二十メートル以上ある大木ばかりだから、切り倒される衝撃もいちいち大きい。


「(わたしは戦略を立てるのが得意ではありません)」

「(だろうな)」


 サツキには、クコとの付き合いなどこのたったの半日しかない。だが、それでもわかる。クコは、真っ向勝負しか戦い方を知らないような、不器用な性格に思える。


「(サツキ様は戦略を立てるのが得意なお方とお見受けしました。だから、わたしが少しでも時間を稼ぐ間に戦略を立て、効果的なタイミングで登場して助太刀をお願いします)」

「(待て。なにを言ってるんだ)」


 一人で戦略を立てても、サツキ一人でやれることしか選択肢をつくれない。そもそも、


「(相手はかなりの手練れなのだろう?)」

「(はい。でも、わたしも王宮剣術を習っていました。バスターク騎士団長よりも強いお方から)」

「(自信はあるんだな?)」

「(何事も、やってみなければわかりません)」


 慎重派のサツキには不安であった。だが、クコの実力をサツキは知らない。ならば信じるしかないだろう。サツキが戦略を思いつくまでに二人そろって隠れていられるほどの余裕は、現状ない。

 バスタークはくっくと笑い出す。


「どんどん木もなくなりますよ」


 五本目の木を切り倒して、バスタークは未だ姿を現さない王女の行動展開を考える。


 ――確かに王女は一流の剣術指導を受けている。だが、ワタシの敵ではない。魔法の使えぬ王女に抵抗の手立ては剣にしかなく、頼りの剣の腕も、ワタシに勝つ程の腕前ではない。なんせワタシは、ブロッキニオ様に認められ、騎士団長にまでなった男だ。


 クコの魔法について、バスタークは知らない。知っているのはごく一部の人間に限られている。ただ、それも戦闘向きの魔法ではないから、バスタークの情報不足はこの場においてそれほど痛いものではない。

獅子ノ火爪ソリッド・オブ・フレイム》で木をなぎ倒し、バスタークは見えぬ王女にしゃべりかけた。


「出てこないなら仕方ありません。あの例の少年は死んでしまっても構いませんね。ワタクシは、あなたさえ生きて連れ帰ればよいのです」


 少年――つまりサツキは、バスタークには未知の存在でもあった。見慣れぬ服に身を包み、手ぶらでこんな森にいる。

 だが。


 ――あのとき逃げたところをみると、あの子供は戦えない。武器も持たない。


 旅の途中で出会ったのか、世界樹ノ森で迷っているところを、クコに助けられたのか。それはわからない。


 ――しかし。もしかしたら、二対一なら魔法の力でワタシ相手にも戦う準備があるかもしれぬ。先に隠れていたことからも、どこかにトラップを仕掛けている可能性もある。


 それが、バスタークの出した結論であった。

 八本目の木を倒した頃には、足場は丸太でいっぱいになっていた。バスタークのすぐ近くは大丈夫だが、戦いにくい足場ではある。


 ――辛抱強い。


 バスタークはそう思った。子供のくせに胆力があるのか、恐怖で足腰が立たなくなったのか。おそらく前者だろう。すぐに武力に走らず待てるというのは、戦いの幅が広い者のする手だということも、バスタークは知っていた。だから、警戒のレベルを一つ上げる。

 九本目を倒したときだった。

 ついに、動きがあった。


「(では、よろしくお願いしますね。サツキ様)」


 サツキの手から、クコの手がするりと抜けた。ずっとつないでいた手がほどけ、クコがバスタークの前に躍り出る。


「バスターク騎士団長」

「おお、『純白の姫宮ピュアプリンセス』! そんなところにいらしたのですか」

「繰り返し言います。わたしは、自分の意志で、足で、アルブレア王国へ還ります。今はそのときではないのです。お引き取りください」


 じっとバスタークを見て、クコは固い声でそう言った。


「なにを言うかと思えば。わがままを言わず、ご同行ください。まさしく、ワタシの忠告を聞くべきでしょう」

「お話は通じないみたいですね。では、勝負です」


 正々堂々と宣言するクコ。


「そうですか。ええ、戦って従っていただくのが、まさしく最良でしょう」


 剣を抜き放ち、クコはバスタークに斬りかかった。


「いきます! はあぁぁ!」


 衝突音が鳴る。

 剣がバスタークのライオン型の炎に受け止められた。ライオンの爪が剣を受けたかっこうである。


「このワタクシに勝負を挑むとは、たくましくなられましたな。まさしく、ワタシが手をかけた実力、うれしい限りです」

「わたしは、あなたに育てられた記憶などありません!」


獅子ノ火爪ソリッド・オブ・フレイム》に押されて力負けして、クコはさっと下がった。


「ときに『純白の姫宮ピュアプリンセス』、あの少年はどうしました?」

「……」


 クコの反応がないことで、バスタークは言葉を続ける。


「ほほう。まさしく、ボディーガードが嫌になって逃げましたかな。無理もない。このワタシを相手に立ち向かう勇気は、勇気とは呼べない。逃げた彼を責められない」

「逆ですよ」


 冷静にクコは言い返す。


「なるほどなるほど。あなたのほうが、あの少年を見捨てたのですか。まさしく、賢明な判断です」


 おかしそうにくつくつと笑うバスタークに、クコは数歩下がって、強い眼差しで言った。


「いいえ。立場が逆なんです。わたくしが、あの方をおまもりするのです」


 クコは、サツキを守ると約束した。


 ――サツキ様は、きっと国を救ってくれる――救世主と信じています! わたしがサツキ様に守ってほしいのは自分ではない。国です! アルブレア王国なんです!


 すると、バスタークはいっそうおかしそうに笑った。


「これは傑作ですな。迷子の少年のおもりまでされているとは、世話好きなことで。いや、国王に似て物好きか。ブロッキニオ様に王位を譲ってもよい情勢なのに、まだ王位に留まって……まさしく、親子」


 これまで怒りなどの感情をまるで顔に出さなかったクコだが、くちびるをきゅっと引き結んだ。


 ――わたしのことなら、なにを言われても構いません。でも、大切な家族のことを言われると、穏やかではいられなくなりますっ!


「やあああああっ!」


 クコは力を込めて斬りかかる。

 そんなクコを見て、バスタークはにやりと口をゆがめた。攻めかかるクコを逆に追い詰めるように、バスタークはじりじりと詰め寄る。クコはパワーで押されて下がる。


 ――しまった! 背中が……。


 クコの背中が、丸太にぶつかった。

 その後ろは、滝壺になっている。丸太が邪魔で下がれないばかりか、丸太ごと切り裂かれて後ろへ行けば、滝壺にまっさかさまになる。

 バスタークは口を開きかけて、一瞬、チラとだけ丸太を見た。どこにもおかしな点はない。


 ――ここにきて、あの少年が逃げることは、おそらくない。どこかで機をうかがっているはず。


 そして、この状況。


 ――ワタシは王女を追い詰めた。ワタシの絶対的有利な状況。だからこそ、トラップを仕掛けるなら、奇襲を仕掛けるなら、まさしくココ。


 だが、サツキに武器がないのも、バスタークは知っていた。隠すには丸腰すぎる衣装なのである。


 ――あの少年……もしあるとすれば、風変わりなどこか他国の、魔法の使い手。顔立ちからも、変わり者の多い晴和王国の人間だと思われる。魔法を使えずにワタシに刃向かう無謀を起こすとは考えにくい。


 すぐには攻撃の手を入れず、バスタークは口を開く。


「逃げ場がなくなりましたね、『純白の姫宮ピュアプリンセス』。まさしく、断崖絶壁。いえ、滝の下。あなたの背後は滝壺」

「いいえ。逃げ場など、戦うと決めたときに捨ててきました!」


 ――お城を飛び出したときに、もう逃げ場などはなかったんです! わたしには進むしかない。進んだ先……その最後にあるのは、旅立ったあのお城。しかし、戻るべきわたしのお城は、次に見るときは戦場なのですから!


 クコの剣とバスタークの炎の爪がぶつかり合う。


 ――あれは……?


 わずかに、クコの視線が揺らいだ。

 左上を確認するような、目線の動き。それはバスタークから見れば自身の右上。その揺らぎを、バスタークは見逃さなかった。

 その視線の揺らぎが合図だったかのように、


「やぁっ!」


 声をあげ、クコが斬りかかった。


 ――『純白の姫宮ピュアプリンセス』。やはり、来ましたか!


 バスタークは自分をただ腕の立つ騎士だとは思っていなかった。思慮深さを持っているからこそ、数十万人いる騎士たちの中から騎士団長にまで上り詰めた強さを持つと自負していた。ただの『とうしょう』ではない。

 事実、それほどの評価を、周囲から受けている。

 むろん、クコの視線の揺らぎが意味するところを読まないはずもなかった。


 ――あの少年は、後ろにひそんでいたのだ。そして、わざわざ声をあげて斬りかかった『純白の姫宮ピュアプリンセス』。その意図は、自分に意識を向けさせるため。ワタシの背後から注意をそらすため。おそらく『純白の姫宮ピュアプリンセス』は、自分でもあのほんのわずかな視線の揺らぎがあったことに、気づいていない。となれば。


「ツあぁぁあああ!」


 これまで、右手だけにまとわせていた火を左手にもまとわせ、バスタークは上半身を右に90度ひねった。

 右後方から同時攻撃が来るのを予測したのである。


 ――『純白の姫宮ピュアプリンセス』を追い詰める丸太。まさしく、警戒はその丸太の後ろへ向く。それを逆手に取っての攻撃だろうが、ワタシには効かない。


「《獅子ノ火爪ソリッド・オブ・フレイム》!」


 左手から発現させたライオンがクコの剣を受け止め。

 右手から発現させたライオンが裏拳の構えを取り。

 空をきった――。


 ――まさか、あれはフェイク? 裏をかかれた……?


 バスタークが急いでまた身体を向き直ろうとすると。

 サツキの声がした。


「まさかって思っただろう? そのまさかだ」

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