159 『パワフルスピード』

「《そら》」


 斬撃が飛んだ。

 飛んだというより、それは落下したというべきだろうか。

 七つの斬撃が一挙に落ちる様はさながら見えない流星群のようで、ミナトはすでに感性のみで状況を把握していた。

 これら斬撃はサツキをジェラルド騎士団長から引き離すため。より正確にいうなら、サツキに後退する隙をつくってやるため。


「ゼァ!」


 ジェラルド騎士団長が剣を振ってもギリギリ届かない高さからの斬撃ゆえ、バスターソードは上空でプロペラのように旋回させることで斬撃を弾く盾の役割を果たし……。

 その隙に、サツキは迅速に後退して距離を取った。

 ミナトは自身が重力によって落下する前に。


「《あまれっしょう》」

「ゼアァァァ!」


 ジェラルド騎士団長から数メートル離れた場所に《瞬間移動》したミナトは、怪刀『わのあんねい』で斬撃を飛ばした。

 翔る刃は、《そら》より高速で強い。

 しかもそれを二地点、三地点と《瞬間移動》を繰り返して放つ。

 そのどれもが、ジェラルド騎士団長を精密に捉えていた。

 それなのに。

 どの刃も、ジェラルド騎士団長のバスターソードが防いでみせたのだった。


「さすがに、神速。なんと速い剣であることか」

「いやだなあ。そちらの剣も大概ですぜ。ジェラルドさん」


 サツキの目には、どちらも互角にやり合い、しかしジェラルド騎士団長が完全に封殺したかに見えた。

 だが。

 ジェラルド騎士団長の頬がスパッと切れていて、一筋の血が流れた。


「我の身に傷をつける技、どうやら冗談でグランフォードのやつと戦うつもりじゃないようだな」

「もちろんです。それにしても、まいったなあ」


 戦うことは当然、だからそのことをしゃべることに意味などない。そう言うかのように、ミナトは別のことを言う。


「この刀。扱いが難しいっていわく付きの名刀でしてね。名を『わのあんねい』というんですよ」

「それがどうした」

「実は昨日、大会があって、試合中に強敵と戦っているときに折れてしまいましてね。そいつを先生が急遽直してくださったんです。ただ、魔法で直したようで。応急処置だから不完全、本来の力は出し切れないってことですが」

「……」


 そうだったのか、とサツキは思った。ミナトの刀が折れたことは、試合中そばにいたサツキはよく知っていたし、ここでミナトと合流したとき、それが直っているのも不思議ではあった。

 だが、やはりこの早急な修繕は不完全なものだったらしい。


「どうもあれは先生の謙遜で、本調子といかないまでもかなりの力が引き出せると思ったんです。なのに全然通用しない。いやあ、驚きました。それもすべて、あなたの剣が豪速だからです」

「豪速、か」

「ええ」


 ほかのなんでもない。ひたすらパワーによって生まれる速さを、ミナトはそう評した。


「パワーだけで剣をあれだけの速さで振れている。判断力や瞬発力もあるでしょうが、その豪速は人並み外れて優れた肉体があるからこそ。先生の友人だっていう刀鍛治の方にしっかり打ち直してもらっても、おそらくあなたの豪速の剣には届かない」

「否。貴様の剣はもう我を捉えている。ゆえに傷を受けた。その神速は脅威的だ。が、貴様に足りないのは速さではない。剣の性質でもない。腕力だ」


 片腕だから、パワーが足りなくなる。

 それはとっくにジェラルド騎士団長の想定にあり、あるからこそ左肘を支配し、ミナトの懸念であるそこは急所として認知されていた。

 ただ、それ以前に両腕があろうとミナトのパワー不足は問題で、ジェラルド騎士団長と張り合うには速さと掛け合わせてもまだ足りていなかったのだろう。

 ミナトはにこやかに言う。


「やっぱりそこはまずいですか。でも、あなたの肉体が無敵じゃないことはわかったので、なんとか破ってみせますよ」

「その速さで、か」

「いいえ。サツキと二人、力を合わせることで。です」


 ジェラルド騎士団長は初めて笑った。ほんのわずかに口を歪ませるように、薄く小さな笑みで。


「では、見せてもらおうか」

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