船旅・西遊譚編

1 『港-交-航 ~ Departure ~』

 時は創暦一五七二年四月十四日。

 しろさつきが異世界に召喚されて、半月が経過した。

 あおとの旅はいよいよせいおうこくの海の外へと向かう。

 二人を中心とした組織『えいぐみ』。新たにその仲間になったうきはしと共に、この日、サツキは船に乗る。




 早朝。午前九時の乗船まであと数時間はある。

 宿の一室で、サツキはクコに起こされた。


「起きてください。サツキ様、もう朝です」

「ああ。おはよう」


 目をこすりながらサツキは目を覚ます。

 朝食の前に、クコと修業をした。

 早朝の涼しい時間帯に動くのも気持ちがいい。

 空手の突きと蹴り、剣の素振りをして部屋に戻ってくると、ちょうど士衛組の料理人・だいもんばんじょうが部屋を出たところだった。すでにオレンジ色のスーツに着替えている。


「おまえら、朝からどこ行ってたんだ? 飯屋だったらオレも誘ってくれりゃいいのによ」

「少しばかり剣術の修業をしていました」


 クコからそう聞いたバンジョーは感心した。

 今年十九歳になる自分よりもそれぞれ五歳と六歳も年下なのに、二人して朝から修業していたからではない。年齢などは関係なく、アルブレア王国のため、朝から修業を積む姿勢に二人の闘志をみた。


「ガッツがあるじゃねーか」


 と、バンジョーは二人を褒める。

 これまでもそうだが、サツキはケガをしてでも戦う強い意志があるし、クコも物腰柔らかだが努力を怠らない。そういうところをバンジョーは見てきている。

 起きてきたおとなずなかわなみも着替えは済んでおり、今日のナズナは洋装で、チナミが浴衣である。

 ナズナとチナミもバンジョーとクコの会話を聞き、


「わたしも、がんばらないと……」

「だね」


 と、サツキとクコに引っ張られるようにやる気を高めた。

 宿では、一階の食堂で朝食をとることができる。朝の修業を終えたサツキとクコが食堂へ行くと、たからが座っていた。


「おはよう。朝から張り切ってるわね」

「おはよう。ルカ」

「おはようございます! はい、今日から船旅ですからね! 気合が入ってます!」


 その席にバンジョーやナズナとチナミもやってきて、サツキはみんなと朝食をとった。

 そして、出かける準備をして宿を出た。




 まずはクコが書いた手紙を出すために、手紙の預かり所に行く。


「ちゃんとシーリングスタンプで封印しましたし、大丈夫ですね!」


 シーリングスタンプとは封蝋のことで、これで便せんを封筒に封印するのである。サツキは初めて見る。


「デザインが桜というのも、晴和王国らしくていいな」

「はい。かわいいです。では、これでお願いします」


 と、クコは受付のお姉さんに手紙を渡した。


「承りました」

「お願いいたします」


 またも、差出人は『ゴジベリー』、受取人は『どら焼き』、としてある。藤馬川博士の好物から『どら焼き』を名義にしているらしい。

 無事に手紙も渡せたので、預かり所を出た。

 一行は港へ向かう。


「報告の手紙だったよな」

「はい。サツキ様のこと、たくさん書きました」


 サツキにはクコが書いた内容がどんなものか気になったけれど、今は聞かないことにした。実のところ、手紙にはサツキのことがかわいいとか頭がいいとかがんばり屋だとか、みんなの前で聞いたら恥ずかしいことが綴られており、サツキが読んで得する内容でもなかった。




 港では、海鳥たちが青い空を飛び交っている。

 ヒナはもう待っていた。

 仁王立ちのヒナが、不満そうに腕を組む。


「遅い」

「すみません」


 クコはすぐに謝るが、時計を見て時間を確認すると、


「あら……? 時間ぴったりでした」


 遅れたわけではないと気づく。

 ヒナは真面目な顔で、


「十分前行動が基本でしょ? さあ、行くわよ」


 と身をひるがえして歩き出す。

 ルカは呆れたようにため息をついた。


「かわいい顔しない子ね。楽しそうな顔はするけど」


 確かにかわいげはあまりないかもしれない。だが、かわいい顔なら、サツキは一度だけ見ている。昨日の夕方、浜辺で、最後に見せた笑顔である。


 ――あれも、幻だったような気がしてくるな。


 そう思うくらい、ヒナにはちょっと斜に構えたところがある。喜怒哀楽はハッキリしているが、微妙に素直になりきれない不器用さがある。それについては、サツキも共感できなくない。案外、似た者同士なのかもしれない。

 前を歩き出したヒナが肩越しにちらとサツキを振り返る。ヒナのことを見ていたサツキと目が合うと、


「はっ」


 と小さく声を漏らして顔を赤らめ、「ふん」と鼻を鳴らして前を向いた。

 その様子を見てもサツキは、


 ――時間ギリギリに来たことをまだ怒っているのか。これからは気をつけたほうがいいかもしれないな。


 と思うのだった。


「さあ。わたしたちも行きましょう」


 クコのかけ声で、一行は歩き出した。




 船の前には、めいぜんあきふく寿じゅえみがいた。

 サンバイザーがトレードマークの二人組で、一部では『トリックスター』とも呼ばれる二十歳。今度の一月で二十一になる。背は共に一六五センチ。今日はいつもの半袖パーカーに、アキがズボン、エミがスカートだった。

 二人そろって大きく手を振り、「おはよーう!」と声を合わせて元気な挨拶をした。


「やっと来たね!」

「いっしょに乗ろうよ!」


 出航まで一時間を切り、受付も始まっているため、もう乗り込んで部屋も自由に使えるようになっている。


「アキさん、エミさん。おはようございます」


 クコが最初に挨拶して、みんなも挨拶してゆく。そのあと、サツキは改めてこれから乗る船を見上げた。


「これが『アークトゥルス号』か」

「はい。ガンダス共和国まで、三ヶ月かけてわたしたちを乗せて運んでくれる船です」


 にこりと微笑みながらクコが説明してくれる。

 屋形船に旅客船としての機能を備えさせ巨大にしたイメージの和船だった。三階建てで、屋上には後ろ半分ほどに屋根もついている。もちろん強力なエンジンが搭載されているわけでもないだろうから、マストもある。全長は八十メートルはあるだろうか。


「思ったより大きいな」

「そうですね」

「ま、馬車も乗せて三ヶ月なんだから、これくらいは大きくないとね」


 と、ヒナは腰に手を当てて言った。馬車を引く馬は一頭のみが乗船でき、馬は運動不足解消のため広い甲板を散歩することもできるのである。


「行くぞ、スペシャル。また船だからな」


 バンジョーが愛馬スペシャルに声をかける。

 スペシャルを連れて、まずは馬車を船に乗せた。

 馬車のための厩もある。


「船旅の間も、別荘は好きに使っていいぜ。もちろん、馬車の中につくったおまえらの部屋もな」


 と、げんないが言った。

 玄内は現在亀の姿だが着物をまとっている。それが、別荘の《げんくうかん》という修業用の空間では、元の人間の姿に戻ることができる。また、別荘には書架もあるため、船旅の間も、サツキはそちらで本を読ませてもらうこともたびたびあることだろう。

 みなの返事を背に、玄内は歩き出す。

 しかし、先頭を歩くのはアキとエミである。

 なぜか係の人間ではなく、アキとエミが知った顔でそれぞれの部屋を教えてくれるのだった。


「一人一部屋だからね」

「先着順で決まってるから、アタシたちとは離れてるの」

「ボクが128号室」

「アタシが129号室だよ」

「お客さんは全部で二十九人なんだってさ」

「みんなの部屋はこっちこっちー」


 それによると。

 サツキたち八人の部屋は、フウサイが111号室、バンジョーが112号室、ルカが113号室、サツキが114号室、クコが115号室、ナズナが116号室、チナミが117号室、玄内が118号室である。あとから部屋を取ったヒナだけが107号室になる。

 各自荷物を部屋に置いた。

 そして。

 午前九時――。

 アキとエミを含めたサツキたち十一人が甲板にあがって浦浜の街を眺める中、船は出航した。

 海上を船が走る。

 波をゆったりと切り裂くように、アークトゥルス号は晴和王国から離れてゆく。

 こうして海に出てみると、波は力強く、陸から遠ざかることによる不思議な不安がサツキの胸を衝く。同時に、アルブレア王国という目標へ近づく期待もあった。

 クコが横からサツキの顔を覗き込む。


「サツキ様。いよいよ、晴和王国を出ましたね。これから、長い旅になります。頑張りましょうね」

「うむ、頑張らせていただくよ」

「あ、わたしの……」


 いつもクコが言っている「頑張らせていただきます!」をサツキに言われて、クコは笑った。

 そんなクコの顔を見る限り大丈夫だと思うのだが、サツキはひと言声をかける。


「使わせてもらった。頑張らせてもらうのは俺もみんなも同じなのだ。しかし、これは短期決戦ではない。クコも、あんまり焦るなよ」


 気の利いた言葉をかけてやりたいが、不器用なサツキにはそれ以上にうまいことが言えない。

 長い旅――だから、焦って気を揉んでも心がすり減るばかりだ。アルブレア王国はまだ戦力の増強や内政など問題があるから、猶予はある。そんなことを言ってやりたかったが、すぐに言語化されるのはそれだけであった。


「はい。ありがとうございます、サツキ様」


 やわらかく微笑むクコには、サツキの気持ちは伝わったようだった。

 サツキは風の中につぶやく。


「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず」


 クコにはそれが聞き取れず、首をかたむけてサツキの黒くて綺麗な瞳を覗き込む。


「なにかおっしゃいましたか?」

「いいや、なんでもない」


 あの言葉には続きがある。だが、クコに言ったのではない。それゆえサツキは口を閉じた。

 サツキ自身、戦国時代の武将の言葉の続きを思い出して、ただこの長い旅への戒めとする気持ちであった。


 ――おそらく、俺の好きな戦国時代の武将たちの知恵、俺が今も学んでいるこの世界の旧戦国時代の武将たちの智恵、それらが今後の戦いで生かされることになろう。武術も学問も、急がず焦らずこの三ヶ月で積み上げていくぞ。

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